(何のパロディだかはよく分からないですが原作設定では無いです)














穏やかな港町に南からの風が届いた。揺れる水面が太陽を映し何処までも白に近しい銀色の粒となってきらめけば安い布に身を包んだ詩人は詠い、蛇腹の鍵盤楽器を担いだ歌い人は声を張る。革の剥がれ欠けたトランクへ放り込まれた銅貨幣は悪戯に跳ね其処から飛び出し、ころりと緩やかな曲線を描きつつ海へ姿を消してしまった。その僅かな音が上がるや否や、煙を棚引かせる漁船が独特の音色を上げつつ帰港する。そしてこの穏やか極まり無い港町の一角にて、漁夫の保身と安泰な漁業を見守るのだと代々伝えられた女神の名の歌を口にする男は詩い人で無ければ歌い人でも無い、只一人の青年であった。

街中の路面を緩やかに傾斜しつつ走る電車を見送った男は鼻歌もそこそこ、足取りも軽やかに平和に賑わう商店街へ紛れて行く。人と人との距離が近くなろうと彼の歩幅や取り巻く余裕有る匂いは乱れる事が無く、まるでその男だけを世界が切り取り、全てを塞き止める事無く促してしまうような。くるりくるりと単調なロードムービーを観賞させられているかの如く、兎に角男の歩く姿は一種の神聖さを垣間見る程に、理想とされるべきであろう像だった。動きが極端に少ない訳では無い。だがきょろ、と顔を対象へと向ける刹那の眼球の動きまでも、全てが台本に有り、その通りに動いているだけという様な錯覚をも感じさせるのだ。男の日常の寸分を切り取ったに過ぎないフィルムが、港町の魔力を彷彿とさせる。男の名はトラファルガーと言った。

トラファルガーはカラン、とベルを鳴らしつつ辿り着いた花屋の戸を引く。ひんやりとした花屋独特の湿気と涼しさが外のからりと渇く路地との対比を思わせた。目深に帽子を被った若者が店主を務める花屋は男の気に入りであり、また店主は古い友人な為に話にまで花が咲く事が多いのだ。

「夢を見たんだ。」

唐突に長い話を始めるのがトラファルガーの常であり、癖でもあった。愛称なのか本名なのか、ペンギン、と呼ばれる若者はその男の夢か現かはたまた作り話かも解らない話を聞くことが嫌いでは無かった。写実的な異国の古い物語を想わせる事があれば観念論から合理論と言った思想を吹き込まれる事もある。知識人と言うには傲慢な男だったが何より話し方が巧みなのだ、トラファルガーという男は。

トラファルガーは夢を見た。赤い髪の男が其処では自分の恋人であるらしく、そして呆れる程にその男へ微睡み入れ込むのは自分自身だった。キスをすれば眉間を寄せながらも突き返しはせず、抱き締めればリアルな迄に暖かいその男を自分はユースタス屋と呼んでいた。名を呼んでは出来る限り全ての手段を以て触れ、愛し、焦がれるのだ。懐かしさを、垣間見る。はて、懐かしいと言う言葉の意はどういったものだったか。家を掃除した時に十数年振りに手にした白熊の人形。顔の切り取られた「何方かの家族の」写真、割られたフレイム。見つけ出した睡眠薬。触れた、赤毛。

夢の中で「ユースタス屋」の声を聞くことが出来ない。いつしか場面は変わり、灰色の空の下。荒野の一角でトラファルガーはどういう訳か押し倒した相手の頬へ水が落ちた事に気付く。夢を見ながら涙を流す事は大変喉に負担を掛けてしまう事を知る。次いで雨が降り、灰色は紅色へと変わってしまった。涙は赤く、染め上げる赤は陽なのか血なのか、「夢」はいつも肝心な答えを教えてはくれない事が定石だ。
「ユースタス屋」が無い眉を歪めて自嘲めいた笑みを溢せば大層男前で、それだけで堪らなく煽られるのはきっと、この男を犯し尽くして、自分の元から去ってしまう相手の足すら奪ってしまいたいと考える謂わば「防衛本能」らしかった。男の口が動く。声の代償に聴こえた音は、空を切り裂く戦闘機と、絶叫、戦禍の、断末魔。

赤は暗転する。
プロペラの折れる音に乗じて都合良く聴こえた気がする低い声は再開を誓うものだった。起きれば手汗と、酷く痛む喉。焼き付いた赤毛の夢は再びトラファルガーには与えられなかった。彼は焦がれた。


「ところで、」
ペンギン。丸椅子から腰を上げながらトラファルガーが声色を変える。手にした花はガーベラ。淡々と話す男の話はいつもに増して理解に苦しかった。

「お前は人間、何回目だと思う?」

さあ、分からないな。返した言葉に浮かべる笑みは薄く、影を灯すがやはり整いが過ぎた。花を数本、気の赴くままに抜き取った男は再び鼻歌を棚引かせながら店を後にする。止まっていたかの様に思えた日常は若い店主に僅かな疑念を残しつつ、流れ出した。


トラファルガーは船の消えた港へ座り込み、足を海側へ投げ出しつつ歌を歌う。暮れ欠けた日が、とっぷりと海辺へ橙を落としていた。「ユースタス屋」と夢の中の恋人を口にする。手にしていた花を海へ埋けた。ユースタス屋、ユースタス屋、と呼べば呼ぶほど戦禍の轟音が甦り、頭が痛んだ。知らない服に身を包んだお前は随分男前だったなァ、と痛みに脂汗が浮かぶ額へ手を宛がうトラファルガーが困った様に笑う。
(ドクンドクン、ああ、花と共に落ちてしまいそうだ。アイツが墜ちたのは空。俺が落ちかけるのは海。祈れサンタルチア。お前は女神、何回目?)

「俺達、人間、何回目だろうなァ。」

にゃあ、と海猫が覚醒を促す様に鳴いた。海面に映る歪んだ己の赤さに笑う男はやはり、画になってしまうに過ぎない。



アイツの愛した車は




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いつかTTに上げた転生話から派生。
前世っぽいところで軍人なキッドとよく分からないまま完璧な人生しか過ごして来れなかったロー。













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