(ロー → 郵便屋キッド)
キィ、とあの赤い自転車が停まる音がする。常と変わらない時刻に俺の胸は少なからず高鳴り、有りもしない未来を目の奥に象ってはあの低い声とインターホンの重なりを待った。 足音の止まる扉を開ければ見えるお前の顔。
「よお。」
「……いつんなったらポスト付けんだ?お前」
「さあな。」
柄にも無くきっちり身に付けられた制服と帽子の下から覗く赤い髪のこいつは仕事に関しては至って生真面目で、時間のロスを好まない。今時郵便受けのひとつも無い俺の家が気に入らないのも確かに頷ける。
くたびれた革の鞄から取り出し、白い手袋をした手から差し出されるのはいくつかの郵便物だ。
それらを受け取りちらりと確認しているともう踵を返そうとするこの男。俺はいつもここでこいつの腕や鞄をひっ掴んでは仕事の邪魔をする。今日も同じく苦い顔をした郵便屋が俺を振り返って、それに喉が軽く鳴る程度の笑いが零れた。
「なあ、これだけ?」
「ああ、そんだけだ。」
「ようく確認しろよ、本当に俺宛てはこれだけか?」
「…毎日毎日いい加減にしろ。そんなに俺が信用ならねえ局員に見えんのか?」
「いいや?お前は最高の郵便屋だと俺は思うよ。」
「なら放せ。」
「手紙を待ってるんだ。」
「だから……」
「来ねえもんは仕様が無えか?」
「ああ。」
「そうか、じゃあ少し上がってけよ。茶くらい出す。」
「馬鹿か、断る。」
「つれねぇなァ。」
「暇じゃ無えんだよ、…放せって。」
「……明日も来るのか?」
「お前宛てが有ればな。」
「手紙を待ってるんだ。」
「……。」
目の前の男はとうとう苛立ちから困った顔になってしまって、どうもこれ以上留まらせるのは気が引けて掴んでいた手首を放してやった。いつものやり取り。手紙を待ってるんだと言えば困る顔。
「じゃあな。」
「ああ、待ってる。」
「……郵便受け、作れよ。」
「はは、」
閉められた扉。いつも俺が「待ってる」と言うと彼奴は「郵便屋に言われても困る」と言って苦く笑った。違う、俺はお前を待ってる。お前からの手紙を待ってるんだ。
手にある数枚の郵便物がはらりはらりと落ちて行く。何れも此れも取るに足りない、何の価値も無え紙切れだ。
毎日俺宛てに届く差出人不明の封は俺自身が俺宛てに出すもので、こうすれば他人から俺への郵便物が無くても彼奴は毎日俺の元へ来る。イカれていると笑われても構わない。彼奴が来ると知った日に俺はすぐさま既存の郵便受けを壊して取り払った。そうすれば彼奴と俺の距離はもっと近くなる。
「……ユースタス屋。」
業務上、自分が一方的に俺の名前を知っているとユースタス屋は思っているに違いねえがそれは間違いだ。俺は彼奴のあの帽子の下も手袋の下の白い膚も、違う表情も声も知っている。彼奴だって「知っていた」。
(思い出せ)
ようく確認しろよ、
くたびれちまった鞄だけじゃなくてその頭ん中も、全部だ。俺は待っているんだ。
あんまり遅えなら、掴んだ腕をそのまま引き摺り込んで、此処で飼ってしまってもいい。郵便ってのは早けりゃ早い程良いって事、知ってるだろう?
机に戻り、今日もまた己へ宛てた差出人不明の紙切れを綴った。彼奴を掴んでいた手の平が熱を持って、震える。ああして毎日何処かは触れないと、今度は俺が忘れちまいそうで。
日が過ぎて、その時間になればまた赤い自転車の停まる音。
「なあ、これだけ?」
俺は気が短えから、今日はその口に触れたくなる。
End_
(プリーズ、ポストマン)
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解説(と言う名の尻拭い)
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某洋楽曲をお題として書きましたローさん気持ち悪いです。でも凄く分かりにくいんですが、何らかの形で郵便屋キッドくんはローさんとの記憶を失ってしまってて、全くの他人だと思いながら仕事をしてます。だから結構かわいそうなのはローさんという。記憶を失う前まではローさん宅への配達をしてなかったけど、ちゃんと恋人だったんだよ…というとても不親切な話の解説でした。自分で解説する事ほど惨めなものも無いな…!
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