鉛色の雲が空を覆い尽くし、北から吹く遠慮を知らない風が波を大きく揺らした。
と或る無法区域諸島に停泊した巨大な船艦の側面は打ち付ける荒波を強く弾けさせ、さながら一種の獰猛な海獣の様だ。
冷たい印象を呈する軍艦にも似た監獄船は陰を落とす曇天を引き連れ諸島へ来航した。迎え入れる首は総じて五億、世に名を馳せて間もない若い男海賊の二人の船長。

海楼石の枷を腕にも足にも巻き付けた男二人は前方に聳える巨船を見上げる。
片方は無い陽光を射抜くかの様に深い赤色の瞳を細め、片方は只無表情にその監獄を目蓋裏へと焼き付けた。
進め、と後方から低く告げられ枷の為に重くなった足を引き摺る様にして進める。 海原を走る地獄と名高い船の入口が開かれた。 腹を空かせた黒い口へ男達は姿を消す。引き摺る石鎖の白は罪の音を蔓延らせるだけで。
















『ルーキー、ユースタス・キッドとトラファルガー・ローが監獄船へ収容』

一面に二人のバウンティを貼り付けた世間を賑わす紙媒体が世界中の島を舞った。
詳細は露となっていないものの、二人の船長以外の船員達は監獄船へもインぺルダウンへも一切収容されていないと言う事だ。これが海軍側の意に反しているかどうかも報じられていない。何故海底監獄への護送船が出ないのか。海賊船と船員達の行方。
億を越えた二人の海賊の捕縛は直ぐ様世間を駆け巡ったがその多くは依然として謎に包まれた侭だった。しかし、この二つの海賊が長い歴史を持つ監獄船に深い亀裂を刻む時は遠くは無い。





闇に浮かぶ背の低い蝋燭が揺れる船体に合わせ揺らめいた。
コツ、コツ。ずるり、ずるり。
看守の制服に身を包む男達のヒールのリズムが牢獄へ響く。それに被さる地を引き摺る音は足首へと繋がれた太い鎖ふたつの音。 立ち並ぶ檻という檻から注がれるぎらついた眼光。ユースタスとトラファルガーは百を越える囚人達が収容される廊下を進んでいた。鼻を突く湿った臭い、鼓膜に届く餓えた息遣いが闇に溶けている。
此処にぶち込まれるのだろうか、と鼻頭に皺を寄せるユースタスの隣でトラファルガーは静かに前を歩く看守の背を見ていた。
長い回廊の突き当たりへと辿り着く。最奥ともなると夥しかった囚人の数も疎らとなり、此処に至っては既に看守一人とユースタス、トラファルガーのみとなっていた。ユースタスとトラファルガーが首を上げ横に有る空の檻を見る。しかし看守は壁に備え付けられた扉を静かに開いた。 開くと直ぐ目の前に続く降り階段。 船体の底へ底へと続くのであろう不気味この上無いそれに二人の囚人は黙って目を細めた。着いて来い、と看守が燭台を片手に階段を降りる。続いて相変わらず不便極まりない両足を持ち上げながら二人が続いた。トラファルガーが扉を抜けた直後、誰も居などしなかった筈の背後でぎい、と扉の閉まる音がする。


階段は長く、漸く降りた空間は広くも狭くも無かった。 向かい合わせて2つの扉が有る。片方は「Jail」牢獄 のプレート、向かいの扉には「Punish」懲罰房 のプレートが貼り付けられている。
看守は慣れた動作で燭台を壁に移し、リング状に纏められた鍵の束を取り出した。
開けられたのはJailの扉。二人とも入れと言われるが侭、湿った空気を呈する空間へと入った。

中はやはり暗い。看守が壁の燭台に火を灯した。 浮かぶ牢内の景色だが、隅に薄い布が折り畳んである以外目に止まるものは無かった。
ユースタスがコキ、と首を鳴らす。意図する所が解せないとばかりに看守を静かに睨んだ。 一歩隣のトラファルガーは燭台を見詰めている。
「お前達は今後、この部屋で牢獄生活をする事になる。」
看守が無機質な声色で以て淡々と告げた。
ユースタスの無い片眉がぴくりと動く。まさか隣の男とこんな狭い闇の牢に収容される等誰が想像しただろうか。

「更に、」
看守が腰に巻き付けて居たホルダーへ手を入れ、ユースタスとトラファルガーの両手と両足を戒めているものと同じ色の手錠をひとつ取り出した。鎖の長さは見たところ一メートル足らずだ。
「この海楼石の手錠を二人でひとつ嵌めさせる。」

看守の瞳は制服の一部に値する黒レンズの向こう側に有るため読むことは出来ない。トラファルガーは看守の手にあるそれをゆっくりと見た後に看守の顔のパーツひとつひとつを薄く開いた目で追った。
ここでユースタスがとうとう唸った。じゃり、と両手首からの鎖が悲鳴を上げる。

「ふざけんな!意味が分からねえぞ、」
「黙れ。早速懲罰房へも行きたいのか?」
低く、しかし激昂を露にしたユースタスに看守は向き直る。


「お前達は実験台に過ぎない。」


二人の手足の枷の代わりにひとつの重い手錠が嵌められた。ユースタスは右手、トラファルガーは左手。相変わらず「力」の抜ける枷は先のものよりも、より強力な印象を促した。

「この手錠を外す時は用を足す時、また片方が向かいの部屋で懲罰を受ける時。基本的にそれだけだ。」
看守は取り出した書類を読み上げる。
「他の囚人とは違い、お前達には投獄中の労働義務は無い。全ての時間をこの空間で過ごす。常に俺達看守は扉の外に交代制で立つ。」

「『敵対した海賊同士の距離の無い獄中生活による精神的、心理的影響、また困憊を見る。場合に依っては死亡も結果のひとつ。今後インぺルダウンでの拷問処置案の採用の有無を謀る。』」


決して脱獄など愚かな事は考えるな、観察は中止され直ぐに殺す と告げ、看守は部屋を出た。
ユースタスが忌まわしげに右手を睨む。トラファルガーはここで初めて口を開いた。
「…まさか「実験台」の海賊同士が、」
「ッ、お前、!」

付けられて間もない短い鎖を引き寄せた男が赤髪の口元へ顔を寄せる。

「こんな関係なんてのは、地獄側も知らねえよなァ、ユースタス屋。」


返事などせず、苛立ちに任せ冷たい壁へ凭れたまま腰を下ろすとトラファルガーも必然的に地へ尻を着いた。


「……。」
揺らめく燭台の赤がちりちりと静寂を騙す。ユースタスは皮肉にも関係を持ち続けてしまっていた隣の男の息遣いの近さに目蓋を降ろし、諸島で最後に浴びた血潮の安さを思い返しては仲間達への或る想いを燻らせた。



ダーティー、南京に鶏鳴は届かず


to be continued-















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