音へと変換しないで埋めてしまった言葉達を掘り返しても其処には虚が拡がる。
立ち尽くす足元に黒々と口を開けた穴は何処までも深く、畏怖の念を彷彿とさせ、さながら栓を忘れた鬼神の眼孔の様だと
緑の皮膚と伸びた爪先に刺さる土を落とす事無くただ、そう思った。












凱風纏えるモルヒネ眼












首に掛かる寝息を感じ、目を覚ます。
悪い夢見に自ずと皺を寄せて居たらしい眉間を摩ろうと左手を持ち上げ、その肌色と、何物も詰まってなど居ない爪の先を眺めてから掌で双眼を強く覆った。
己の恐怖する所を有りの侭、時には酷く遠回しに映す夢は鮮明だ。視させているのは紛れもなく自分ただ一人の愚脳だと言うのに。

覆う指をずらし右側へ首を捻ると、静かに眠る男が居る。
不器用に握りしめたシーツへ皺を作る黒く彩られた指先には渇いた血痕が着いて居り、甘く走る背の痛みが答えを主張するかの様だった。
赤黒いそれらに比べて鮮やかな赤の頭は寝息に合わせては上下し、額に置いていた右手を乗せれば低く唸ってから身動ぐ。
起こしては悪い、と思うも、今は閉じられたフランボワーズレッドの瞳が見たくて仕様が無い。鋭利な眼光を放ち、時に薄い水の膜を張る、精悍な男の瞳だ。堪らなく綺麗な物だと思う。この諸島で出逢い、初めて言葉を交わした時にそう印象付けられた。逆立てた髪も翻す毛皮も全てがこの若い船長の姿を引き立てる。その男が、三億を掲げた海賊の船長が、何一つ纏う事無く俺に向き合ったのだ。

「お前は、何も言わないんだな。」

小さく響かせた己の声は闇に吸い込まれ、また、ユースタスが瞼を上げる事も無い。
この言葉は昨夜酒を飲み交わした時にも口にしたものだ。赤髪に指を通すと頭皮から伝わる熱に安堵を覚える。



(ユースタス、)

(何だよ?)

(…お前は、何も言わないんだな。)

(……?)

正義の背を棄てた俺への視線は様々だ。
憐れみ、激昂、嘲笑、侮蔑。
この爪で、牙で、かつての仲間を棄てた正義を何れ程抉り殺したのだと静かに追い詰めては微笑した男も居た。
誰も間違ってなど居ないのだ、笑う者も怒る者も、追い詰める者も。誰も。
そう仕舞い込んでは重なって行く言葉に静かに途方に暮れる中、出逢ったお前は何も言わず、海賊である俺の名とバウンティを呟いた。


(…興味、無えよ。お前の旗揚げの裏なんか。)

(………そうか。)

(だから、んな泣きそうな顔、俺の前ですんな。)

酒が不味くなる、とぼやいたユースタスの頬に差した朱色も、小突かれたブーツの先も、細められた瞳も 全てが惹かれる要素となるのにそう時間は掛からない。






「…ドレーク」

乗せたまま動かない手を緩く掴まれて我に帰る。疲弊が取れないまま、酷く眠げに開けられた目元を見ると胸のあたりがずくずくと脈打ち、次の瞬間にはどうしようも無い焦燥感に襲われた。
愛したい、壊したくは無い、汚したくも無い、ただ、触れたい。その若い強さに甘んじてこれ以上堕ちる自分はどうなる、お前は、待ってはくれないだろう?


「っ……、」
「何だ、よ、」

余程酷い顔をしていたのか、覗き込まれてしまえばもう、堪らなくなり抱き締めた。

くすぐってぇなぁ、と小さく笑うユースタスの掌が髪を掬い、耳の辺りを掠める。
こいつの前では埋める事など出来もしない音の欠片が謝罪の言葉となって溢れ出し、すまない、と情けなく自分でも意味を解さないまま繰り返せば何がだ と不満気に返されてしまう。

暖かいと言って首筋に口付けをくれたこの男の吐息は南風のようで、合わせた眼孔は満たされている。

「お前の目、青いんだなぁ。」


己と重ねた黒い虚穴も、土を抉る醜い掌も、姿を変える。この男の前では。

夜明けを告げる島の息遣いへの気付かぬ振りをただ、俺達は続ける。




end-


10000企画にて甘味様よりリクエスト頂きました、ドレキドでした!
ドレキド大好きですが初です、甘めとの事でしたがやはり(←)ほんのり暗く…orzすみませ…!
キッド様がデレデレになるドレキド、また書きたいです´v`楽しい…!
それでは甘味様、リクエストありがとうございましたm(__*)m






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