(※設定は「折れる、〜」と同様です)
Merry X'mas!
(Have a nice day-)
深々と雪の舞う晩に、或る街外れにひっそりと構えられた煉瓦造りの家は温かい橙色の光を漏らして居る。
家の傍らに立つ背の高い三角の木の葉は飾り付けこそされて居ないものの、厚く降り積もった白く光る雪が枝を小さく揺らし、その街の、小さな家の、何者にも踏み入られる事の無い絶対的な安堵と幸せを物語るかのようであった。
急斜面な屋根に備えられた煙突から下へと視点を変えれば其処には当たり前だが大きくも小さくも無い暖炉が有り、ぱちぱちと小さな火の粉を弾けさせている。穏やかに燃ゆるその前の質の良い絨毯の上には、暖炉の火に劣らない髪色の男が転がって居た。
白い肌に反射するかの様に橙が顔の影となり揺らめき、閉じられた双眼は安心しきって居るのか至極穏やかなものだ。男らしい身体を暖炉の前に縮込めたいとでも言うように丸めている。
僅に開いた口許から控え目にちらつく犬歯が物語る。この男 ユースタスは吸血鬼である。吸血を行う際にはこの人間並みの犬歯が著しく伸び、正しくお伽噺のそれに違いないのだが、この胎児の様な寝姿はマントを外し楽な服装も相俟って微塵もその影を漂わせはしない。
其処へ足音も無く歩み寄る一人の男が居た。髭を蓄え隈を蔓延らせた不健康の代名詞の様なこの男は紛れもなくこの家の主であり、また紛れもなくユースタスが落ちた恋人なのだ。口許に湛えた普段の彼とは毛色異なるの笑みはユースタスだけに向けられるもので、それがユースタスの知る所に依るかどうかは謎である。
二人で食事を終え、トラファルガーが片付けも終えてから暖炉の部屋へ戻るとそこで丸まるユースタスが居たのだ。
この光景は然して珍しい事でも無く、トラファルガーはこれまた人間の自分だけに見せるのであろう安心しきった寝顔を眺めるのが好きらしい。
眠る男の背中側に腰を下ろし、早い時間に風呂で暖まったために下ろされた赤髪を何度も撫でた。顔に掛かるそれは少しばかり尖った耳に掛けてやる。
一頻り撫で終えると背後から手をユースタスの腹の前に着き、膝を立てて覆い被さり身を捩って額や頬、鼻に口付けた。暖炉の火により温められたそれらはトラファルガーの冷えた唇を溶かす様に温め、トラファルガーはうっとりと目を細めてから目元へ顔を下ろすのだ。
犬を連想させる仕草、鼻先で擦り寄る様につついてやるとユースタスは小さく唸る。覆い被さった体勢が面倒なのか長い足で跨いでから丸まったままのユースタスの首を撫でた。
「……ん、」
一度強く瞼に力を込めてからゆっくりと瞳は開けられて、ユースタスは暖炉の熱に浮かされた顔に添えられた冷たい手の平を掴んだ。ひんやりと気持ち良いのか機嫌良くその手を動かして顔の熱を冷まして居る。
「やっと起きた。」
掴まれた手を好きにさせてやるトラファルガーはぼんやり、そしてのそりと身体を起こす彼に微笑んでやる。どちらともなく音を立てて唇へ吸い付き、無い隙間を更に埋めるかの様に何度も舌を絡めた。
ユースタスが漏らす声や息すら飲み込んでしまいたいと思うトラファルガーは腹に熔ける唾液や飲み込む全てに満足し、首筋に顔を埋めたユースタスの髪を再び撫でる。
「…吸うか?」
「……いらねえ。」
ユースタスはトラファルガーの首筋に残る小さな二つの吸血痕を労る様にして唇で食む。ぺろりと確かめる様に、控え目に舐めてやると擽ってえ、と言うトラファルガーがクツクツと喉で笑った。
今度は暖炉側に向けられたトラファルガーの顔とユースタスの背中がじんわりと温められて行く。
トラファルガーはユースタスが己の痕を目にする度に似合わない罪悪感に駆られ、瞳から光を失う様を知っている。
抱かれる時には気を遣ってなのか不器用な癖に自分からトラファルガーへ欲を働き掛ける事も。
何も考えずにただ、生きるためのそれをトラファルガーへぶつければ良い、それが愛する情故に出来ないといつも不安気に身を寄せる事も。
全てをトラファルガーは知っている。
そこから生じる支配欲とそれに勝る吸血鬼へのどうしようも無い愛しさが確かにあった。隠す事の無い吸血痕はユースタスを静かに追い詰めると言うのに。それで居て彼等は今、この雪降る夜に、全てを許すかの様に愛し合っている。
泣いた様に笑う眠そうなユースタスはいらねえ。いらねえんだ、と何度も繰り返してすがる様にして背中へ強く腕を回しトラファルガーの薄い胸へ額を押し付けた。
トラファルガーは分かったから、と言ってやりながらいつか無理矢理に血を吸わせた満月の夜を思い返す。その時の泣いた吸血鬼の美しさと憐れさは何時までも瞼裏に焼き付き、雪の様に溶ける事も無いのだ。
ぱちり、と幾分少なくなった火の粉が揺らめく。
それを青黒い瞳に捉えながらトラファルガーはユースタスの耳にこの夜の決まり文句を響かせ、塞がる煙突へ重ねるのは己かこいつか、と目を閉じて思い巡らすのだった。
燻るそれは暖炉の赤に似て
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急ぎ足のクリスマス仕様文は吸血鬼パロディにしてみました。好きなんです吸血鬼設定…!(このシリアス中毒め
どうしてもこのパロディは暗めになってしまうのですが今回は甘めになるよう努めてみまし…た…(精一杯の甘さがこれ)
では皆様良いクリスマスを!^^
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