(※カメリエーレ×シェフ)
街角にひっそりと構える小さなリストランテは、その控え目な外装とは反し毎晩きゅうきゅうに客が入る。
その訳として挙がるのは、腕の良いシェフの料理は勿論の事だが 最大の理由は女性客を魅了して止まない給仕達の姿に有った。決して着崩す事の無い正装に、磨き上げられた流れる様な身のこなし、そして容貌。その腕から絶品と称されるフルコースが運ばれるとあっては、数多い女性客がうっとりと目を輝かせるのが後を絶たない。
店も閉まりとっぷりと夜が深まったさ中、シェフであるユースタスは一人、厨房に立っていた。 ぼんやりと台を照らす照明が薄暗い空間を作り上げ、タンタンと食材を刻む音だけが響く。
(ったく……。)
無い眉に皺を寄せながら、ユースタスは仕込みをこなして居る。
いつもなら翌日の仕込みは営業中の調理に余裕が有る時や前日の開店前に済ませてしまうのだが、この日、憐れなシェフはずきずきと痛む腰痛と気だるさに一日を蝕まれ今に至る。その脳裏に浮かぶのは仕事中には決して見せる事の無い、人の悪い笑みを貼り付けた一人の給仕の姿である。
「だる…。」
やっとの思いで食材を綺麗に刻み終え、一休憩とばかりに腰をテーブルに預けた。
腰を擦りながら昨夜の異常な迄に盛り付いた男との情事を恨めし気に思い返し、ぶんぶんと首を振って一日の不調の原因を嘆く。カメリエーレの一人であるキラーにはまたか、と溜め息を吐かれ、オーナーのドレークには風邪か?とまた違う心配を掛けさせた。おまけに昼間の賄いまで食い損ねたとあっては飛ぶ所か積み重なる疲弊と憂鬱にうっすらと青筋が浮かぶ。
「……、」
さっさと終わらせて帰って寝てやる、と重い腰を上げた。
「随分辛そうだなあ、敏腕シェフは。」
厨房に響いた這うような低音に、ぴたりと固まる。
「…まだ居やがったのかトラファルガー……。」
「腰を痛める恋人を置いて帰る訳が無い。」
自分以外は帰ったものだと思って居たユースタスは、近付いて来る男の、音と在り方と言う概念へ対してのあまりの常識の無さを再確認し未だ崩す事無く着られた制服を睨んだ。様になり過ぎて居て気に食わない。女性客の目と心を奪う頂点に座すトラファルガーは、ユースタスがそれを如何に思う所を分かっている。抗えない事を知っている。質が悪い、とユースタスは頭を悩ますのだ。
「昨日は確かに激しかったからなぁ、」
俺も、お前も。
そう口にしながら口角を憎たらしく歪め腰に手を当てて来るトラファルガーから逃れたいユースタスだが、背後には切り揃えた食材が乗る台が有り、身を捩るだけとなってしまう。
するすると撫でる手付きが厭らしいと思う。言えば調子に乗る事を知っているユースタスは止めろとだけ呟いて、僅かに疼く其処を叱咤した。
腰に巻かれた黒いエプロンから伸びる長い脚が更にユースタスを台へと押し付けた。
「ユースタス屋、賄いも食って無かっただろう。」
「誰のせいだ、誰の。」
「さぁな。お前がエロいのが悪いんじゃないのか?」
「……。」
悪魔の様な男に睨みを効かせ、視線を釣り下がる照明へと移す。どうやってこの悪過ぎる状況から逃れようかと相変わらず腰に当てられたままの腕を掴みながらユースタスは考えた。
「フフ、そう睨むなよ。そんなお疲れなお前にこいつを持って来てやったんだ。」
「あ…?」
「今日の賄いの時に開けた。」
す、と上げられた左手に見えたのは一本のワインボトルだった。ラベルを見たユースタスは何度目かの溜め息を吐く。
「んな上物また開けたのかよ。」
「ドレーク屋の了承は得ている。」
「どうせ開けちまった後に言ったんだろ…」
「んん、まあ、そうだけど。」
人聞きが悪いな、俺はソムリエだぜ?そう言いながら器用に片手で栓を抜くトラファルガーは、カメリエーレ長を務めながら店の看板ソムリエとしても人気を博して居た。ユースタスは不憫なオーナーに同情をしながらその光景を見遣る。
溜め息は吐いたものの、仕事に追われ何も口にして居なかった彼にとってそれは至極魅力的だった。開けられたボトルから漂う上品な香りに鼻先が痺れ、腰の疼きを少しだけ忘れる。
「…グラスは」
「無い。」
じゃあ寄越せ、と伸ばした片手をやんわり制されて不満を顕にしたユースタスは何だよと舌を打つ。トラファルガーはそう逸るな、と笑い、そのままボトルの先を自分の口へ運んだ。
あ、とユースタスが気の抜けた顔をするのも気にせず傾けられたそれは、タプンと音を立てて男の口内へ流れる。
口を離したと思うも束の間、今度は逆に捕らえられた手に気を向ける余裕も無いままに口付けられたユースタスは目を閉じたままのトラファルガーの意図を察し、仕方無しに薄く唇を開く。
「…ん、」
「……。」
角度を変え更に深く口付けてるトラファルガーは気を良くしたのか優しく上顎を舐めた。
(つくづく、俺、こいつに甘い。)
思いつつもユースタスは流れ込む甘さに気を取られ、割り込んで来る舌を緩く噛みながら口端から垂れる熱を感じる。
離れたものの息の掛かる距離にある互いの顔を薄く開いた目で見る。トラファルガーはユースタスの口端から顎へ舌を滑らせ、薄紅色の染みを作った彼の白い作業服に薄い笑みを浮かべた。
「…トラファルガー、」
「もっと、だろう?」
「……。」
再び掲げられたボトルの中身はあとどれ程なのだろうか、無くなる迄、こいつは、俺は、とユースタスは再び腰を撫でる手付きを感じながらも背後の食材達へ思いを馳せ、目の前の男の白いタイを掴んだ。
深まる夜に、空のボトルの落ちる音。
敏腕シェフの居残り仕込みはどうやら失敗に終わるらしい。
un amore e workaholic-
(仕事の虫と、小さな恋。)
end.
5000企画で柳川様よりリクエスト頂きました、ボーイ×シェフなロキドでした(^O^) 大好きな某リストランテ漫画パロをいつかしてみたいと思ってましたので嬉しいです。 甘めで、との事でしたので目指してみましたがどうにも否めない尻切れトンボ…←また書いてみたいパロディです。
それでは柳川様、リクエスト有り難う御座いました!お待たせしてしまい申し訳ありませんでした…!m(__)m
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