相当毒されてしまって居る。

気付けば時既に遅し、ではない。気付いて居ながらずるずると下腹の馴れない疼きと、小蝿宜しく妙な妖精が飛び交う脳内とを育てて来ちまった訳で。

(ああ、もう。)


殴らねえからいっそ笑ってくれ!




















「いっ…て……。」
ピヨピヨと雀が頭上を飛び交う昼下がり、見事な迄の快晴にサボりと言う名の無断欠課をするしか無えだろと託つけ昼休みからそのまま居座る屋上は静かだ。

給水タンクと扉の付いた建物によって作り出された日陰に寝転ぼうと左膝を着いた際、其処が小さく脈打ち痺れたのが分かり思わず声を洩らした。

昼飯前の体育でサッカーをした時に相手とぶつかり膝を強く着いてしまい、派手に擦り剥けてしまったのだ。

ぶつかった相手は自分も怪我をした癖に殺される覚悟の様に半泣きで謝って来て、ああ俺って、と日頃の振舞いをぼんやり思い返した。そんなに怖いか、と出来る限り穏やかであろう声で尋ねたらまた首を横に千切れんばかりに振るものだからもうそれ以上話す必要も怖がらせる(不本意だが)必要も無かった。

洗っておけば治ると言ったらキラーに叱られるわ保健室へ連行されて沁みる上に臭え薬品を塗り付けられるわで痛えの何のって。
「消毒が嫌だからと言って強がるな」
とガーゼを馬鹿丁寧に貼り付けながら言いやがった奴はあれで居て結構真面目な男で、今も授業に出ている。

そこまでを膝に手をやりながら思い返すこと十数秒、裾を捲り上げて見たガーゼは先程無意識に着いたせいで少しだけ赤い染みが出来て居た。
うえ、と喉が鳴って再度痛みだしたそこを睨む。ツイて無えな、膝は着いたけど。あ、俺、上手くね?
救いようが無い、と何処からか親友の声が聞こえた気がした。そして一拍の間を置いたその時、少し離れたドアノブがくるりと回った。

「……あ」
其所からやけにゆっくりとした足取りで出て来た奴は。
「ビンゴ。」
やっぱり此処に居たと言って薄く笑い掛けて来るこの男は。
「…あ?何だよその膝。」

悲しくも苦しくも、好きな 奴。


特進科の秀才とか悪魔だとか名を馳せるこいつ、トラファルガーはその風貌を裏切ら無い奇人変人であり、しかしながら物にして居る妙な物腰の柔らかさと年相応で無い色気とやらにくらつく輩が多い。
ひょんな事からつるむ、と言うか、何かと構って来やがるこいつに落ちるのはそう時間が掛からなかった訳で。
長い間燻り続ける馴れない疼きに誤魔化しなんてものは只々無力に等しく、遂に自身を慰める迄になってしまった夜には少し涙が出た。

話す度に目線が絡まる度に、好きだ好きだと神経が起立し、わなわなと口が震える。奴が触れようものなら箇所が悲鳴を上げてそれでいて完全に動けなくなる。
そんな俺の気を知ってか知らぬか、いや、知って居るだろう。この秀才は。縮みも伸びもしやがら無え距離感で弄ばれて居る気がしてならない。

「…ユースタス屋?」

馬鹿みてえに熱くなる顔と首は相変わらずだから下を向くのが癖になっていた。
悶々としている内に傍(いつも思うがやたら近い)にしゃがみ込んで、捲られたままの左膝に手を伸ばして来やがった。

それを感じ取っただけですら傷が脈打って痛えのか何なのか分かんねえってのに、この男は。

「っ…」
「…血が滲んでいる。ユースタス屋お前、馬鹿だからうっかり着いちまったんだろう。」
触れる長く細い、それでも骨張った浅黒い指に視線を奪われ、次には触れた冷たさに全神経を左膝に持って行かれた。
有り得無え話だが、心臓の音とか、集中する熱とか、こいつには全部伝わってしまう気がしてならない。
そして次の瞬間に左膝が跳ねた。

「いっ…!トラファルガーてめえ!!」
「ふふ、悪い。」

あろうことか、撫でるように這っていた筈の親指で突然、血の滲んだそこを強く圧せられた。ビリビリと走るそれに我に帰り、この時ばかりは勝った痛みに顔をしかめる。

そして睨んだトラファルガーはにやにや笑いながら指を放し、親指に着いた薄い、血を、舐めた。

「っ……」
「綺麗な脚なんだ、大事にしろよ。」

刹那覗いた舌の赤さに目を奪われ、見開くのが分かる。その一連の動作だけで俺はもう。ああ、馬鹿野郎。



脳内が大惨事となりまた押し黙る俺を暫く酷く楽しげに眺めた後でトラファルガーは授業中にも関わらずまた飄々と姿を消した。何しに来やがったんだ彼奴。散歩か?そうなのか?


今度こそ寝てやろうと回りに転がる昼飯のゴミやペットボトルを適当に退けて居ると、ラップに不器用に包まれたものが目に入る。何だこりゃ。

トラファルガーによって引っ掻き回された脳内の引出しを元在るべき所へ嵌めて行く。片付いて行けば五月蝿かった動機も熱かった顔も次第に大人しくなる。

そしてああこれは、とごろごろしたそれらの出所を思い出した。
何処から聞き付けたのか、俺が怪我をしたと知ったらしい何かと慕って来る後輩共が4、5人も揃いに揃って昼休みに届けに来たのだった。

--------

『キッドの頭ぁ!膝は大丈夫ですか!?』
『ぶつかりやがった奴、絞め殺して来ますよ!』
『いや、止めとけ。つーかどっから沸いて出た。』
『これ、お見舞いです。』
『…何だこりゃ。』
『やだなあ頭!見りゃ分かるでしょう、バウムクーヘンですよう。』
『……。』


---------

「……。」

聞けば午前の家庭科の授業で俺にプレゼントしようと意見を揃えた上で作り出されたらしかった。
可愛いらしい事この上無えじゃねえか、とも思えるが強面にガタイの良い不良共がエプロンと三角巾を着けて家庭科室で焼き菓子を作るのを想像してみろと言われれば中々に刺激が強い。
しかしやけにキラキラとした表情で照れながら渡されたと有ってはやっぱり、可愛いものかもしれない。(程無くして午前中に家庭科室がエプロンを着けた不良共によって半壊したらしいとの噂を耳にする。)

ラップを解くと何とも言えない形をした物体がごろりと姿を現す。
歪な楕円で、所々に焦げ目が出来ていて申し訳程度に空けられた中央の穴。
本当にこれ食えんのか、と思ったがすぐに浮かぶ彼奴等の嬉しげな顔。少しかじると存外、しっかりと菓子の味がした。


「……。」
寝転びながらむぐむぐと頬張り、口の中の水分が奪われる感覚に一旦口を離す。


そうして再度目にした中央の穴と、歪みつつも噛じられたそれに、思うところがひとつ。

「俺みてえだな。」

彼奴が居ねえ時の俺はきっとこんな感じだろう。すっぽり抜けちまった真ん中と、歪になったその回り。どんどん噛じられて、言い換えれば侵食だ。



がぶりと残りを食い尽くし、また疼き出した左膝に舌打ちをしながら
会いてえな、と渇いた声を小さく溢した。




口にすれば干からびる洞と



end-



5000企画でリクエスト頂きました、学パロでロ←キドでした(^O^)
ロ(→)←←キドくらいで読んで頂けると光栄です…キッド様頑張れ。
学パロで片想いは色々とたぎりますね!書いてて楽しかったです。
それではリクエスト有り難う御座いましたm(__*)m














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