※ローは吹奏楽部員でトロンボーン奏者
※相変わらず楽しいのは管理人だけ
期末の考査が近付きどの部活も休止期間に入る。夕陽の差し込む音楽室には金管楽器の軽快な音色がひとつ、響いていた。
この特別教室には少しだけ不似合いな赤髪の生徒、ユースタス キッドはピアノの椅子に跨がり数メートル先の音の発信源を緩く開いた瞳で見詰めて居る。
視線の先の男は楽な姿勢で、それでも様になる美しい金管を肩に掲げ、しきりにスライドを動かしては音色を繋げた。
隈が縁取る目線は目の前の楽譜を通り越し、窓を抜けた遥か彼方に注がれて居る様だ。 金管と、男のピアスが夕陽を受ける度に橙が鈍く光り、それをユースタスは目を細めはするが見逃せずにいた。
音楽、況してやクラシックなどとは程遠い縁な赤髪の不良にとって男の演奏に良いも悪いも言いようが無い。
ただ、この異質な空気を纏う男の、奏でる音色と、流れるスライドを操る指先が嫌いでは無かった。
口にこそしない。
男がふ と手を止めて朝顔状のベルを下ろす。その時に目を掠める光が眩しい。
「ふふ、ユースタス屋。そう見詰められちゃ中々に恥ずかしいな。」
ハンカチを取り出しマウスピースを軽く拭い、机に至極丁寧に置かれる曲線美の金色は何処か艶かしい。まるで女を扱うかの様に。男がそう見させるのか、楽器がそう見させるのか。
「別に、見詰めてた訳じゃ無え。」
「そうか?」
薄く笑ったまま男はピアノへ近付き、見下ろした赤髪を撫でた。
「ソロコン、だっけか。近いんだろ?」
頭は男の好きにさせたままぶっきらぼうに口にした。特に意味を持って言った訳では無い。詰まる所、ただの照れ隠しだった。それを見越した上でトラファルガーは返事をするのだ。
「まあなあ。俺としてはあいつが吹けりゃコンクールなんて出なくても良いんだけど。」
「…部屋にトロフィー山積みの奴がよく言う…。」
「不可抗力だ。」
少しだけ困った顔で笑うトラファルガーの珍しい顔が好きだ とその時すぐに思う自分に落ち込むユースタスは無い頭を巡らして必死に言葉を選んだ。
「なんつうんだっけ、曲。」
「聖者の行進。」
「ブッ、なんだそりゃ。似っ合わ無えー…。」
「そう言うなよ、定番曲だ。譜面は簡単だけどな。」
聖者、と云う単語と奏者との落差に吹き出し少しだけ笑う。
「明るい曲調だろう?でもこれは米国の黒人霊歌なんだ。葬儀の進行に伴って雰囲気を変えて演奏する。」
「…ふうん。」
いつも変態的言動に変質者的雰囲気で空気を満たしているトラファルガーが僅かに人間らしい表情、声色になる時はこういった、音楽について話してくれる時だった。
その本当に寸分、柔らかくなる男に反していつもユースタスは張り詰め戸惑う。
「…ユースタス屋?」
うつ向き黙ってしまった赤髪のつむじを一瞥して腰を屈める。
ユースタスとしては何て事は無い、いや無くは無いのだが、ただ単にそして唐突に自分を襲う男への愛おしさと羞恥の念と遣りようの無い、行き場を失った想い全てが重くて苦しくて仕方が無いのだ。
ちらりと見た美しい金管は、その表面に間延びした自分の顔を映して居て少し滑稽だ。
「…仕様が無え奴だなあ…。」
ふ、とトラファルガーが息を吐いて微笑んだ。
あのスライドに添えられる指が強い力で顎を掴み、視線を絡ませるのもそこそこ、口を付けては甘噛みを仕掛ける。
「ん、ぅっ…!」
「……、」
目を白黒させ顔と耳と首は余す所無く爆発的に赤く染め上げ、と忙しい様子のユースタスに笑みが零れる。そのまま舌を滑り込ませて抵抗の無いそれを舐め上げ絡ませた。溢れる全てを舐め取ってやりながらも解放はしない。長すぎる口付けにユースタスは涙を溜めてトラファルガーの背中を叩いた。
「は、あ、…いっつも、長、すぎんだよ、馬鹿…!」
「そうか?それじゃあユースタス屋も吹奏楽やるか?きっと堪え性が付く。」
「黙れ…。」
肩で息をするユースタスが特別息が短い訳では無い。最中に溢れる恥ずかしさと焦る気持ちが呼吸も忘れさせて居る事に本人が気付かないだけの話だった。
蓋の閉じられた鍵盤に手を着き、己を挟み何をする訳でも無くただただ目を見詰めて来る男にユースタスは色々な物を通り越して固まって居る。
「お前だけで、良いんだ。」
「なに、が」
「俺のトロンボーンを聴くのも、放課後音楽室でこうするのも、全部。」
「……。」
後ろに着こうとした手をそのまま絡められて二つの影が重なる。夕陽の鈍い光は直に無くなって行く。
ふとかの有名な盲目作曲家の肖像画と目が合う気がしたユースタスは静かに目を閉じた。
「ここには偉大な作曲家達が山ほど居る。お前はその視線に堪えられるか?」
また違う表情で微笑む男がそこには居た。
名高き聴衆 触れるは赤橙
end-
当事者視点以外は初めて書きました…難しい…!
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