「聞いた?」
「えっ、またぁ?」
こそこそっと話してるつもりなのかもしれないけど、全部聞こえちゃってますよー。
ちらちらと送られる視線に気づかぬふりをしながら、まっすぐ前を見て廊下を歩く。
どうして噂ってものはこうも、出回るのが早いんだろうか。
――ガララ
『……夾ちゃん?』
教室へ入ると何故かあたしの席に座っている夾ちゃん。何より今日は道場へ行く日だ。放課後の教室に何故彼はいるんだろう。
「また呼び出されたのか。」
『夾ちゃんはまっすぐだねー。』
「なんだよ?」
あの人たちもこうして聞いてくれたら、それくらい答えるのに。
比べてよっぽど気持ちのいい性格の夾ちゃんに、思わず笑ってしまう。
『呼び出されましたー。』
「………。」
聞いたのは夾ちゃんなのに答えを聞いた途端、あからさまにむっとするのはどうしてだろう。聞きたくないなら、最初から聞かなければいいのに。
かばんを手にし踵を返す。
彼に動く気配はない。
『帰ろうよ、待っててくれたんでしょ?』
「ばっ……んなわけねえだろ!」
『はいはい。帰ろー!』
いつも通りの夾ちゃんに、あたしもいつも通りに返事をする。
「へ、返事はどうしたんだよ!」
『返事?』
「呼び出された時の返事だよ!!」
帰り道少し前を歩く夾ちゃんは、なんだか落ち着きがない。くるっと振り返りこちらを見る瞳は、それでもやっぱりまっすぐで、紅い瞳があたしを射抜く。
なんだかこちらが落ち着かない。
胸の奥がムズムズする。
『何だろう…。』
「は…?」
胸を抑える仕草に何を思ったのか、彼の表情は途端に暗くなる。
「大丈夫か?」
すぐに支えてくれようとする優しさに、やっぱり胸の奥がきゅっとなった。
あぁ…これは……
『大丈夫じゃない…、なんか納得いかない。』
「……何が?」
眉を寄せ困惑する夾ちゃん。
何も気づいていないであろう彼に、あたしは子どもじみた案を思いつく。
『さっきの、返事まだなんだ。もう少し考えてみる。』
それだけ告げると、唖然とする夾ちゃんを放って帰路を歩く。
「え、いっつも構わず断り続けるなつめが…?……え?」
『ほら、帰るよー!』
「え、いや、おい!どーいうことだよ!?」
そう、これが本来のペースだ。
惑わされるのは嫌だ、本人にその気がないのだからなおさら。
ちなみに今回呼び出されたのは、バスケ部から助っ人の勧誘だったけどね。
意識しちゃってください
(嘘は言ってないもん)