「ほらよ」


ここ二、三日魂が抜けたような表情をした久遠に、オレのなけなしの金をはたいて買った購買のほかより少し高いジュースを差し出す。
貧乏学生には厳しい出費だ。おかげでもとから軽かった財布がさらに軽くなっている気がする。
頬杖をついていた久遠はゆるりと顔を上げ、ジュースとオレとを見比べてため息をひとつついた。


「私、そんなに心配されるような顔してる?」
「少なくとも元気ではねーな」
「しかもこれお高めのやつじゃん。青峰氏やるね」
「そんな覇気のない声で言われてもな」


どかりと今は不在の緑間の机に腰掛ける。
ありがとう、と遠慮なくストローをさす久遠の元気のなさの原因はわかっているつもりだ。
オレには超えられない、幼馴染みの絆ってやつは、オレが考えている以上に深いものだったらしい。
それでも、ライバル(と勝手に思い込んでいる)が一人消えたことに若干の喜びを感じてしまっているオレは、なんて汚い人間なのだろうか。まあ、それでもいい。もとからオレは世間の言ういい子ではないのだから。


「造ちゃん、行っちゃったー」
「へぇ」
「うわ、冷めてんねー。実の先輩だっていうのに」
「虹村さんは嫌いじゃねーし尊敬してっけど、お前ほど思い入れはねぇよ」
「まあ、そうだろーね。なんか変な感じ」


いつもと同じ家が隣に建ってるのに、造ちゃんはいないんだもん。

憂えた瞳のその奥には、きっとまだ虹村さんの背中が見えているに違いない。
なんだか悔しくて、久遠の手の中にあるジュースを奪って飲み干してやった。


「なっ・・・!ちょっとー!!」


いくら怒ってもいいから、早く脳内から虹村さんを消してくれ。
叶いもしない願いを胸中に秘め、オレは久遠の髪の毛をかき混ぜる。


***


なあ、いつになったらあんたを超えられる?

自分でも自覚してるほどの褐色の腕を空に向けて伸ばす。
プレーで超えたって、意味がないんだ。オレはあいつが欲しい。

バスケ以外のものに夢中になるなんて、初めてだった。
なんとも馬鹿らしく、歯がゆく、そして、愛おしいこの感情。
今吐き出してしまったって、あいつはオレのことを絡みやすい友達としてしか見ていないだろう。

午後の授業をすっぽかしてやってきた屋上からは、オレをあざ笑うかのような青空が伺える。
わかってるさ、あいつらが互いをそういう目で見ていないことくらい。
わかってる。わかってて、どうしようもなくわいてくるこの負の感情が、手に負えない。


「見っけ」
「・・・・・・・・」
「青峰氏、保健室とか言ってサボってんじゃないよー」
「・・・久遠」


見晴らしいいねぇ、と言いながら久遠ははしごを上ってオレの隣に腰掛けた。
その手には今朝オレが買ってやったジュースと同じものが握られている。


「青峰氏、変なとこで勘がいいからさー。まあ、私はもう大丈夫だし、慣れてかなきゃいけないことだし、今朝は迷惑かけましたっ」
「お前も買ってちゃ意味ねーだろ。オレのなけなしの金・・・」
「これでチャラね。なんか知らないけど元気だしなよ?」
「つめっ、おま、冷てぇだろうが!」
「あっはは、むぐ!」


頬に当てられたジュースを奪い、ストローをさしてそいつの口に突っ込む。
驚いたように見開かれた目。


「・・・朝は、ほとんど飲んじまったから。これでチャラな」
「なにこの意味のないやりとりー」


ウケるね、というわりにまだ寂しそうな瞳。

気づいたら、手を伸ばして、柔らかな久遠の頬に触れて、


「・・・あおみね、?」
「だまれよ」


いなくなっちまった奴のことを、たとえそういう意味で好きじゃなくても、考えちまってるお前なんかきらいだ。

ジュースのパックが地面に落ちる。
重なった唇からもれる吐息が、鬱陶しい。

呆然としている久遠の、今度は腰と頭を固定して、さっきよりも長く口付けた。


「・・・・・・・・好きだ」


どうしようもなく、お前のことが。

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