空席になった三つの席をかわりがわり見て、千夏は呆れたように笑いながらため息をついた。
教卓では数学の教師がつらつらと頭の痛くなりそうな言葉を並べている。
進むペースが速いのよ、と心の中で悪態をつきながら、千夏は荒れそうな空を見上げた。


「(予想的中、かあ・・・)」


久遠が倒れたという事実を聞かれるまで言わなかったのには訳がある。
それを聞いた瞬間彼らはきっと周りを省みずに保健室にまっしぐらだろうと踏んでいた。そして、見事的中。
さつきちゃんもみんなに報告して回っちゃったしなあ、と千夏はシャーペンを手の上で回す。


「(まあ、心配されないよりはマシか)」


ただ、病人の周りで騒ぐのだけは勘弁してやってよ。

思いながらもう一度回したペンは、誤って床に落ちてしまう。
小さな音に振り向いたのは、二・三人だけだった。


***


「お前、いつまでここにいんだよ」
「お前こそ、馬鹿なのにいつまでもここに居ていいのか」
「馬鹿は関係ねぇだろうがよ!」
「関係大有りなのだよ。オレはまだいいが、お前は授業中いつも寝てばかりいるだろう。早く教室に戻って真面目に受けたほうがいい」
「はっ んなこと言ったら久遠だっていつも寝てるじゃねぇか」
「お前は馬鹿か!その楸が倒れてここで休養しているのだから今はそのことは関係ないのだよ!だが青峰、お前は至って健康だろう」
「ぐ・・・っ、し、静かにしろよ!起こしちゃうだろ!」
「お前の方がうるさいのだよ!」
「・・・どっちもうるさいよ・・・」


あ、と緑間と顔を見合わせて振り返ると、そこには頭を抑えながら首を振る久遠がしかめっ面でオレ達を見ていた。
悪い、すまない、と二人同時にベッド際に持ってきた椅子に座る。
図ったわけでもないのに完璧なほどに重なる動きに、オレ達は双方を睨みつけた。
が、ここはぐっと堪える。さっきの二の舞にはしたくねぇ。

軽く髪の毛を触る久遠。
寝起きだからかそれともまだ辛いのか、しょぼくれた目はいつもより覇気がなく、オレらしくもなくなんだか不安になった。それでもオレが出来ることなんて、たかが知れてる。


「もうなんなの二人とも・・・お陰で目が覚めちゃったし寝起きの顔晒しちゃって恥ずかしいったら」
「羞恥心とか今さら感じるのかお前が」
「ごめん青峰氏今突っ込む気力ない・・・」
「わ、悪ぃ」
「ふん、馬鹿め。少しは労わるということを覚えろ」
「んっだとてめぇ!」
「青峰氏。頭に響くから大声出すなし」
「・・・わ、悪ぃ」


これ、オレらいないほうがいんじゃね。
上半身を起こしたままぼーっとしている久遠。緑間が懐から野菜ジュースを取り出し、ストローを刺して渡している。
オレは何も持ってきてねぇ。・・・っち、不甲斐ねえ。ポケットをまさぐって出てきた五十円玉に、オレはイラつきを覚えた。
おぼつかない手でそれを受け取りちびちびと飲んでいる久遠からジュースを奪う。小さく目を見開いた久遠の口に無理矢理ストローを押し込めば、真横から鋭い視線を感じた。


「んむ、」
「見てて危なっかしいから持ってやってんだよ!大人しく飲め!」
「む」


射殺さんばかりの視線なんて気にしてられっか。
オレだってなにかこいつにしてやりてぇんだ。いつも、助けられてばっかだから。
熱のせいか赤い頬を触る。少しだけ肩を跳ねさせた久遠が、なんていうか。・・・可愛かった。





保健の先生に追い出され、距離を開けて隣を歩く緑間は静かな声で言った。


「お前は、楸のことが」


後の言葉は続かなかった。
なんでもないのだよ、と眼鏡のブリッジを押し上げる緑間から視線を逸らして空を見上げる。

黒い雲がかかった空は、今にも雨粒を降らしてきそうな勢いで。
あいつの頬に触れた手を握る。
流れる沈黙は痛いわけではなく、ただ確かにこのとき、お互いを見る目が変わった。

久遠を自分のものにしたい。誰にも渡したくない。
妙に居心地のいいあいつの隣に居るのが、いつかオレになれば。


「お前の思ってる通りだ」


言葉にすればするほど、溺れていくような、そんな感覚がした。

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