「久遠」


決して張り上げたような大きい声じゃない。けど小さくも無い、凛とした声が鼓膜を震わせた。
ざわついていた教室は一瞬にして静まり返り、身動きを止めた生徒達がある一点を凝視している。
かくいう私もそれはそれは驚いて、教室の入り口に立つ赤の人に慌てて駆け寄った。


「どうしたの赤司君」


ていうか赤司君って私の事、そんな風に呼んでたっけ?
首を傾げれば、今初めて呼んだよと微笑まれた。・・・う、うん、なるほど・・・。

背後からビシビシと視線を感じる。
赤司君はバスケ部で神々しさでも有名だから、こんな平凡な私と話しているのが珍○景に登録されかねんレベルで珍しいんだろう。・・・前にも一回呼び出されたような気がするけど。
そっと振り返れば、教室中の視線があってすぐさま赤司君の方を向きなおす。


「・・・少し、場所を変えようか」
「是非ともそうしていただきたい」


じゃあ行こうか。
優雅に微笑んだ赤司君に着いていく。
何気なく振り返った先にいた青峰氏は、どこか不服そうな顔をしていた。
そんな眉間にしわ寄せてると、しわとれなくなるよ。


***


帝光中はマンモス校のため、無駄にでかい。
中学二年生になっても、訪れたことのない教室は何個もある。
こんなところがあったんだー、と窓の外を眺めた。どこから拝借してきたのか知らないけど、当たり前のようにその鍵で未使用の教室を開けた赤司君。
詳細は聞かないでおこうと誓った。無意識に。

赤司君は適当に椅子を引き、足を組んで私を見上げた。
私は見下ろしてるはずなのに、この威圧感といったらないよね。さすが主将だよね。
赤司様万歳。


「本当に、正式に入部してはくれないのか?」


そう言った彼の顔は少し残念そうで、かつ、寂しそうで。
良心が痛むなあと内心苦笑しながら小さく頷く。赤司君は諦めたように笑った。


三日間の合宿を終え、疲労感たっぷりで帰宅したその夜、電話があった。
赤司君の高くも無く低くも無い声が、マネージャーになってみないか、という言葉を紡いだ。
私は少し考えたけど、断らせてもらった。

まあ、大きな理由は合宿でマネージャーの辛さを思い知ったからなんだけれど。


「なんとなく、今までと同じ距離で君達見てるほうが楽しいかなって思って」
「・・・よく分からない理由だな」
「それに疲れるしね」
「そっちの理由が大半を占めてるだろう」
「さすが赤司君」
「・・・その、"赤司君"ていうの、やめないか?」


また唐突だな。
とは言葉に出さず、そうだねぇと軽く首をかしげる。

オレ以外のバスケ部には全員変わったあだ名がついているじゃないか。

不満そうな赤司君。子どもっぽさのある言い訳に、私は少し驚いて、そして彼も人間なんだなと改めて感じた。
とても、今さらだけれどね。


「征十郎て長いからなあー、・・・征くん」
「・・・じゃあよろしく頼むよ、久遠」


子どもっぽさの抜けた大人な笑みを浮かべ、赤司君・・・征くんは椅子から立ち上がった。
自然な動作で私の背中を優しく押し、教室から出て鍵を閉める。
ひとつひとつが洗練されたような動作だ。

こんな彼氏がいたら、すごく誇り高いんだろうなぁと秘かに思った。





「なにしてたんだよ」「なにしてたのだよ」


何故か不機嫌そうな青と緑が待ち受けていたのは、また別の話。

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