朝練を終え、生徒がまばらに登校し始める時間帯。
制服に着替えなおしたオレは何故か拗ねているような顔をした青峰を鬱陶しく思いながら部室を出た。
ああいう顔をした青峰に絡まれるのは非情に面倒なのだよ。
おつかれと赤司に涼しい顔で言われそれに小さく頷きながら、鞄を持ち直す。
すると、背後からだるそうな声が聞こえた。
「待てよ緑間ぁー」
「・・・なんなのだよ」
振り返らなくても分かってしまうこのだるそうな声は、言わずもがな青峰だ。
自分でも分かるほどに眉間に皺を寄せて振り返れば、まだ着替え終わっていない青峰が部室から顔を出していた。
「同じクラスじゃねーか。教室まで一緒行こうぜ」
「は?」
「は?」
「何故オレがわざわざ青峰のために時間を割かねばならんのだ。お前、まだ着替えてもないだろう」
というより、なんだか違和感があった。
たとえクラスが同じでも、青峰がこうして一緒に行こうなどと誘ってきたのは記憶にない。
一体なにがあったのか、拗ねているのはそれに関係があるのか、とにかく面倒なことになりそうだ。
オレは首を横に振った。
「んなこと言うなって。早く着替えっから待っててくれよ」
「・・・なんなのだよ、本当に」
「いーから!一分ありゃ済むから待ってろよ!」
渋々部室の壁に背を預ける。
本を取り出して眺めていれば、遠くで楸の声が聞こえた気がした。
顔を上げてあたりを見渡す。校門付近でオレに向かって手を振っているのは見知った女子生徒。
「・・・お、楸だ」
いつの間にか着替え終えて横に立っていた青峰が、小さく手を上げて答えている。
オレはため息をついて、教室へ向かって歩みを進めた。
「で、なんなのだよ」
「は?なにがだよ」
「なにか話があるんじゃないのか?」
そうでなければお前がオレを呼び止めるなんてこと、有り得ないと思うのだが。
眼鏡のブリッジを押し上げながら本を鞄にしまいなおす。
青峰はどこを向いているのか分からない瞳のまま、あー・・・と気のない返答をした。
「楸がオレにアイスくれなかったんだよ」
「・・・殴ってもいいか?いいな?」
「なんでだよってうお!?てめ緑間危ねーじゃねぇか!!」
「拗ねた顔をしている理由があまりにもお子様すぎるのだよ!」
「ちっげーよ問題はその後だ!」
佐藤と仲良さげに歩いていく楸を何の気なしに眺めながら、青峰の言葉を待つ。
オレと同じものを見ているのか、面白くなさそうな顔をした青峰は唇を尖らせた。
「さつきもいつの間にか楸と仲良くなってやがるし、あの赤司だって最近はあいつの話を出すじゃねーか。・・・なんか、面白くねぇ」
「それを言ったらこないだ紫原も楸に菓子をもらったとかなんとか言っていたぞ」
「まじかよ!・・・あー、なんだこれ。面白くねー・・・」
まるでおもちゃを取られた子どもなのだよ。
嫉妬という感情に気づいているのかいないのか、おそらく気づいていて気づかないフリをしているのだろう。
新鮮な感覚で接することができる楸は、なにもオレたちだけのものではないという事だ。
教室に入ったとき、珍太郎と笑顔で駆け寄ってくる彼女の姿を思い浮かべながら、オレは歩調を速めるのだった。