放課後。
帰宅部の私はテニス部のマネージャーであるちなと別れて玄関に向かう。

帰ったらなにしようかなー
今日はお母さんもお父さんも帰りが遅いから食べててって言われたし、なにか買って帰ろうかなー
なにがいいかな。カップラーメンはこの季節には暑いよね。
・・・冷やしうどん、ソーメン・・・冷やし中華!

最近の世の中は便利になったもので、コンビニに行けば汁をかけるだけでできあがる冷やし中華が売ってあるではないか!
現代っ子ですからね、はい。


「よっしゃ待ってろよ私の冷やし中華!」


ゲタ箱で一人、声を抑えずに喋る姿は我ながら少し変だとは思ったけど、この際気にしないことにした。

そんな私の後姿を、じっと見つめてる影がいたとも知らず。


***


ふぉう店の冷気がほどよく涼しいぜ。
夏という季節は好きじゃない。こないだ夕立に遭って赤司君に貸しを作ってしまった時(本人はそんなこと思ってないんだろうけど)だって、今日みたいな暑い日だって。
汗水流して努力してる人を見るのは好きだけれど、自分は最低限動きたくないし汗もかきたくないのだ。

うん、本当に自分の都合のいいように生きてるな私って。


「冷やし中華冷やし中華・・・」


呟きながら考える。

そう言ってしまえば、ちなってすごいよね。
自分が選手なわけでもないのに選手のために汗水流して全力でサポートするんだもん。
まぁそれがマネージャーの仕事なんだろうけど。

・・・そう考えれば、こないだ多くの女子にリンチらしきものをされそうになってた桃井(?)さんもマネージャーか。
どうせキセキに近づくなとか言われてたんだろうなぁ。
あの時は女の勘ってのが働いてなにか痛い目に遭う前に阻止できたけど、次からはそうもいかないかもしれない。
・・・青峰氏含め、男って変なところで鈍感だからなぁ。まぁ、赤司君は気づいてるのかもしれないけど、本人が首をつっこめばまた厄介なことになるだろうしなぁ・・・

私マネージャーやってなくてよかった。
これでも面倒事は嫌いなタイプなんだ。


「あった」


お父さんとお母さんのぶんも買っておいてあげよう。
・・・お皿に出しておいて、いかにも私が作りましたー的な雰囲気を出してもいいかもしれない。

なんてくだらないことを考えながらレジに向かっていると、突然目の前に現れた大きな壁。
あーなんかデジャヴと思いながらも、私はそのままその壁にぶつかってしまった。


「ったた、すみません・・・」
「・・・・・・」


見上げる。
ああ、まだ胸板だ。こんな大きな人って、あの人しかいないよね。

まず一番に目に入ったのは、紫の頭。
そして、どこか不機嫌そうな双眸だった。


「え、と。ごめんね紫原君」
「・・・んー」


赤司君といるときはあんまり感じなかったけど、一対一で対峙するとすごい迫力だ。
身長が身長なだけに見下されてる感半端ないし、ていうか威圧感パない。・・・早く帰ろう。
つーか普通の人でもあそこまで威圧感ないよね。
いくら紫原君でもただぶつかっただけであそこまで不機嫌になんないでしょ。・・・なにこれ私嫌われてない?

・・・早く帰ろう。


「あー、じゃあ、ね」
「・・・・・・」


・・・シカトかい!

シカトすんならなんでこっち見つめてんの!?
もうヤダわけわかんないよこの子!!

居たたまれなくなって、財布を取り出しながらさりげなくその場を立ち去る。
そんな時、

やっぱわかんねーし。

紫原君の、少し低い声に振り向かざるを得なかった。


「・・・なにが?」
「赤ちんもミドちんも、峰ちんも黄瀬ちんも黒ちんも・・・最近は桃ちんだってアンタの話ばっか」
「へ、へえ〜」


おいおいみんななんの話してるんだ一体・・・!
私の話ってそんなのしてなにが楽しいんだ・・・!

心の底から首を傾げたかった。


「ゲタ箱で冷やし中華って叫んでて少し面白そうだったから付いてきてみたけど、」
「ちょっと待ってムラサキバラクン。見てたの?」
「・・・恥ずかしげもなく叫んでたじゃん」
「ぐああ・・・!」


あ、あれを見られていたなんて・・・!
恥ずかしすぎるし・・・!

頭を抱える私は、思わず冷やし中華を落としてしまいそうになった。
慌てて持ち直す。そうだ私は早く帰りたかったんだ。


「いや、うん。紫原君それ見なかったことにしてくれない?」
「・・・忘れろってこと?」
「そうそう忘れて忘却の彼方に」
「無理だし」
「うぐおっ」


つーか何ボウキャクのカナタって。

そう呟く紫原君は、少し頭が弱いと見た。
一から説明するのも面倒だし、もういいや。
私は曖昧に笑ってレジに向かおうとした。ら、腕を掴まれた。


「ねー、マジでアンタのどこがいいの?」
「いや知らんがな」


あ、このセリフもなんかデジャヴ。
ていうか紫原君手ぇでかすぎ。私の腕そんなに細くないのに掴みきってるよ。

眉根を寄せる紫原君だけど、でも、さっきよりは雰囲気が丸くなってる気がした。
威圧感半端なかったけど、今は少しやわらかい。

私は紫原君に腕を掴まれながら、今度こそレジに向かう。
私の体温で麺がふやけたりしないかなコレ。


「あ。ねー、これもついでに買って」
「・・・まいう棒?」
「うん。買って?」


首をこてんと傾ける紫原君なにこの子天使!?
私はコンマ一秒で頷いてしまった(ちょっと待てこいつさっきまで私にガン飛ばしてなかったっけまあいいや)。


「ほいさ」
「ありがとー」
「いえいえどういたしまして」


ふにゃりと笑った紫原君は、買ってあげたまいう棒を二口で食べてしまった。
手だけじゃなくて口も大きいのね・・・


「・・・んー、ねぇ久遠ちん」
「お?」
「また買ってくれる?」


これにもまたもやコンマ一秒で頷いてしまう私。
絆されてるすごく絆されてる。

いつの間にか紫原君が私に向けていた嫌悪の混じった瞳も、穏やかなものになっていた。
嬉しいね、人に嫌われるのはいくら私でもあまり気分の良いものじゃないから。


「やった。久遠ちん好きー」
「でもお金に余裕があるときにしてよ?ムラムラ」
「・・・ねぇ今のもしかしてあだ名?」
「え、うん。ムラムラ」
「絶対ぇやだし!」


そんなの四六時中オレむらむらしてるみてーじゃん!

とムラムラが怒ったから下の名前を聞いてみた。
そしてら「・・・知らねーの?」と真顔で聞いてきたなにこいつどんだけ自信過剰なの。
とりあえず頷けばふーんとどこか遠くを見て、それから少し嬉しそうに「敦」と教えてくれた。


「じゃああっちんだね」
「オレのパクリじゃん」
「じゃあムラムラだね」
「・・・あっちんでいーよ」

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -