俺を囲む女の子達から少しだけ視線をずらした所に、時々その子はいた。
目が合うから、あぁあの子も俺のこと見てるんだと思っていた。
でも周りにいる女の子達みたいにきゃあきゃあ騒がずに、本当に俺を眺めてるだけだったから。
あれか、見てるだけで幸せな恋ってやつかと勝手に結論付けていた。随分と自意識過剰だとか言われそうだけど、毎日毎日女の子に囲まれてちゃあ感覚も麻痺してくるに決まってる。

腕に絡み付いてくる女の子の手をやんわりとほどきながら、心の中でため息をつく。
視線をずらした先には、もうその子はいなかった。

まさかその子があの、"楸久遠"だったとは思わなかったけど。

購買で青峰っちと仲良く談笑する"楸久遠"を見てから、数日。
たまたま訪れた自動販売機に、また彼女がいた。
今度は、緑間っちと一緒だった。

俺に気づいた緑間っちが顔をしかめて(酷くないスか)、そんな緑間っちの視線の先を追って俺を見た"楸久遠"が、あ、と声をあげて軽く会釈してきた。

俺も笑みを張り付けて会釈する。

"楸久遠"はすぐ緑間っちに向き直った。


「私ファ○タね」
「ふざけるな、自分で買え」
「こないだラッキーアイテムになってあげたじゃんお返しだと思ってさー珍太郎ー」
「珍太郎と言うな!」


"楸久遠"の言った珍太郎に、思わず吹き出してしまった。
なるほどピッタリなあだ名ッスね。思ったことをまんま口に出せば、緑間っちがますます顔をしかめて黙れと呟いた。


「・・・む」
「? どうしたんスか緑間っち?」
「・・・財布を忘れたのだよ」
「ええーバカ!どうやって買うのさ」
「うるさいバカ女。勝手についてきただけなのに文句なんか言うな」


俺貸すッスよ、と言いたいところだが、生憎俺も自分が買う分の小銭しか持ってきてない。

早足で財布を取りに戻る緑間っちの背中を見送って自動販売機に向き直ると、そこには取り残された"楸久遠"がいた。

少し乱れた髪の毛を櫛でとかしている。


「黄瀬君なに買うの?」


さっき緑間っちと話していた口調より、丁寧な口調。

俺は手をさまよわせて、結局午○の紅茶のボタンを押した。


「午○ティーかぁ」
「うまいッスよね」
「私は紅茶花伝派だけどねー」
「そうスか」


少し、気まずい。

プルタブを開けて、一口飲む。
横目で"楸久遠"を見れば、半開きの口のまま俺を見上げていた。


「なんか顔についてる?」


そんなはずはない。
さっき自動販売機にくる前に、ちゃんと鏡はチェックしたのだ。
"楸久遠"はついてないよーと笑みをこぼした。

緑間っちに向けていた笑みとは、違う。
でもきゃあきゃあ騒ぐ女の子が俺に向ける笑みでもない。
ほんと、なんかこの子苦手かも。


「綺麗な顔だなって思って」
「照れるッス」
「嘘をつけ嘘を。言われ慣れてるでしょ」
「あ、」
「?」


今、ほんの少しだけ緑間っちや青峰っちと会話してるような口調だった。

首をかしげる、・・・楸サンになんでもないッスと笑う。
あ、なんか俺今、作り笑いじゃなくて自然と笑みがこぼれた。かも。


「・・・珍太郎おそー」
「なんで珍太郎なんスか?」
「なんとなくわかるでしょ、理由」
「まあ」
「きっとあってるッスよ」


真似しないでほしいッス。

少し唇を尖らす。
楸サンはあははと笑った。

・・・あれ、なんか、・・・なんか、普通だ。


「黄瀬君も大変だよ女の子にたかられて」
「たかっ・・・せめて囲まれてって言ってほしいッス」
「うんこにたかってるハエみたいな表現になったかな今のは」
「汚ねー」


でも。
楸サンはあくびを漏らしながら言った。


「モデルも自分で決めた道だし、覚悟もそれなりにしたんだろーし、文句言っちゃダメだよねぇ」


すとん。

楸サンの言葉は軽く俺の胸に落ちて、収まった。


「・・・そッスね」
「がんばれ黄瀬涼太」
「うん」
「たまに目の保養に眺めに行くね」
「そんな目で見てたんスか俺のことー」
「眼福だわぁ」
「なんか、複雑ッス」


青峰っちや黒子っちが楸サンの話で盛り上がる理由が、なんとなくわかった。
確証はないけど。


「はぁ」
「あ、珍太郎」
「往復するはめになったのだよ」
「いやそれ自業自得ッスよね?」
「黙れ黄瀬」
「ええ!?」
「りょた君の理不尽さーウケ」
「ウケないでほしいッス!」


りょた君。

よくわからないあだ名はスルーした。


「また変なあだ名だな。わざわざうを抜かすことになんの意味があるのだよ」
「なんかニョタみたいで可愛いじゃん。響きが」
「あんまり嬉しくねーッスね・・・」


緑間っちがファ○タのグレープ味を買って、楸サ・・・久遠サンに手渡した。
ツンデレか。

目が合った久遠サンは、俺と同じ心境なんだろう。
面白そうに笑ってた。


「そろそろ時間だ」
「あ、マジだ。帰ろーか」
「緑間っち、久遠、ちゃん。またねッス」
「うんまたー。りょた君」
「・・・ふん」


清々しい気持ちで、二人の背中を見送る。
投げた缶は、綺麗な弧を描いてゴミ箱に吸い込まれていった。

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