book | ナノ
烏野高校に入学して一年が経った。一年の時から連む友達はいつもと変わらず、わたしの単調でつまらない高校生活は淡々と過ぎて行く。その繰り返されるような学校生活で二年生になってから少しいつもとは違うことが起きた。購買を担当する会社が変わって、唐揚げが異様にまずいとか、数学が難しくなったとか、ちょっと前にわたしが男の子に告白されたこととか。
周りの友達などに言うととても馬鹿にされるのだが、今まで彼氏がいたことないわたしは付き合う人イコール結婚する人という固定概念に囚われていた。実際、ドラマで有名なあの俳優さんや、若くてかっこいい野球選手のお嫁さんが中学の時から付き合って結婚しました。なんてニュースを聞くと憧れるし、憧れるだけだはなくわたしだってそのような過程を経てゴールインしたいという、願望が強くあった。
なのでわたしは告白されてすごく悩んでいた。サッカー部で背もそれなりに高く、何より女の子にモテる人だった。でも隣のクラスだった為あまり話したこともなければ関わったことすらなかったが、友達の噂で耳にするくらいには有名な同級生だった。顔も悪くないし、好きになろうと努力すれば好きになれるかもしれないが、あまりにも唐突な告白でわたしの願望でもある結婚できる相手とは違うような気がした。友達に相談すれば、とりあえず付き合ってから考えればいいと言われる。世の中で好きあって付き合う人々はほとんどいないらしい。みんな妥協に妥協を重ねて自分のスペックを選ぶ。なんて話を聞いた時にはすごくがっかりした。
結局わたしは付き合う前に少しあなたのことを知りたいから友達になりたいと告げた。そしてわたしは友達に冷やかされて、週に一回だけ彼とお弁当を食べることになった。一目が気になるのでわたし達は第二体育館の近くの花壇に座って話していくうちにいい人なんだろうなあとは感じていたが、やっぱり何か決定権に欠けていた。そんなこんなだったが、わたしたちは名前で呼び合うのとになった。向こうはわたしのことを名前と読んで、わたしは彼のことをケンくんって呼ぶ。男子に名前で呼ばれるなんて始めて、初めは緊張して恥ずかしいって思っていたがふとある幼馴染がわたしの名前を気だるそうに呼んでたのを思い出したが、一時間もすればもう忘れていた。蛍くんは男子というかご近所さんで幼なじみだ。
小さい頃は知っている世界も狭くて、かっこよくてなんでもできる蛍くんのことが好きだった。でも中学を入学した頃、もうちょっと前だっただろうか今まで蛍くんのことが好きで毎日が楽しかったのに蛍くんに惹かれる気持ちが急になくなった。といか蛍くんから惹く力がなくなったと言った方が感覚的には近いかもしれない。中学の頃からはクラスも増えて蛍くんと話す機会が少なくなってくのに反して蛍くんは爆発的に中学校に入学しモテ始めた。小学校の時から背の高くて顔も整ってる蛍くんはそれなりにモテていたが、中学生になりなにかが弾けたようにみんな恋愛をしするようになったのがきっかけだと思う。そのベクトルが多く蛍くんの方に向いていたのはわたしだけが思ってることではないだろう。
わたしが蛍くんのことを好きになるのをやめたら、もちろん蛍くんからわたしに寄ってくることはなく話す機会がなくなった。部活の帰りに一緒の帰路にいたとしても声はかけずにわざといつもよりゆっくりしたペースで帰ったり、お母さんから月島家に届け物を頼まれても何かしら理由をつけて行くのを拒んだ。
わたしとケンくんは付き合うことになった。ケンくんはそれなりに有名な人だから噂は一気に広まったが、そんな事は関係なくケンくんとはまあまあ無難に楽しくお付き合いできてると思う。まわりの女子が僻んでいじめてくるような少女漫画みたいな展開もなく、半年以上付き合っている今も部活終わりは毎日一緒に家に帰ったりした。家の場所が全く違うのに、わたしの玄関の前まで送ってくれて、毎晩メールやたまに電話なんかもした。
ある日部活帰りに何時ものごとく2人で帰っていたら蛍くんに抜かされた。長い足を淡々とすすめ、何時も首に欠けているヘッドフォンをしていた。もううちと月島家に近いところだったので山口くんとはもう分かれている様子だ。多分今わたしの横を通り過ぎたの気づいていないだろうなあ、と思いながら蛍くんのことを一瞬考えたが、彼が強く手をぎゅっと握ったので、わたしは無理矢理蛍君のことを考えるのをやめた。
その日ケンくんと分かれて、家に着いて扉を開けたら制服姿の蛍くんが玄関に腰をかけていた。家に入った途端から香るダシの匂いに今日の夕飯は煮物かなと察すれば、余計にお腹の虫がひもじく鳴いた。蛍くんの手には赤い回覧板を持っていて、案の定うちに届けて来たものはいいもののお母さんが煮物を蛍くんに持たせようとしてそれを待っているという状況かな。蛍くんは気づいてないかもしれないけど、彼氏と歩いていたのを見られたことがなんとなく気恥ずかしくて、わたしは無言でくたびれたローファーを脱いで蛍くんの横を通り過ぎようとしたら、おい。と低い声で呼び止められる。
目が合ったのも、数ヶ月ぶりだ。いや、…もう何年も経ってるかもしれない。でもそれくらい意識して目を見たのは本当に久しぶりだった。蛍くんの雰囲気はわたしが記憶していたよりも随分と変わっていた。小学生の時に感じていた思いが少しだけ芽吹いた感じがしたが、一つ呼吸を置けば気持ちが落ち着いた。わたしはだいじょうぶ。
手に持っていじっていたスマートフォンをポケットに入れると立ち上がってわたしを見下ろした。わたしが玄関の一段分高いところにいるにも関わらず一回り大きくなったであろう蛍くんの背の高さに開いた口が塞がらない。また蛍くん顔のかっこよさには品があった。体育館部活で焼けていない真っ白い肌には思春期独特のできものや脂っぽさがなく、どちらかというと造形とか人形のような感じがした。
「とんだ茶番だね」
「は、」
蛍君が大きくため息を吐きながら呆れたように言葉を落とした。なんのことだ。と尋ねようとしたがちょうど煮物を耐熱容器に入れてきたお母さんが台所からやってきて、それを蛍くんに持たせると、蛍くんはなにもなかったかのように貼り付けたような笑みを母に向けて、うちをあっという間に出て行ってしまった。
ケンくんとは半年付き合っているが、まだキスまで止まりの関係だった。友達に言えばありえない!って驚愕したし、そういう雰囲気になって体を触られたことは何度もあったがどうしても踏ん切りが付かなくてその度に申し訳なくなりながらも断っていた。
そして、そのことが原因か、それはもうあっさりとわたしたちは別れた。多分きっと、向こうも半年付き合ってヤらせてもらえない彼女なんかに満足していなかったのだろう。まあ、そうだろうな。と思えば納得がいったし、別に別れることに対して未練もなかった。結局わたしは初めての彼氏とそのまま結婚という夢は崩れてしまった。やっぱり現実はうまくいかないな。
数日してわたしが部活の道具を片付けてる時に元彼氏が新しい彼女と手を繋いで帰っているところを窓越しに見た。特に未練もなにもなかったが、一人で帰るのだけは辛かった。お昼はまた元通りクラスの友達と一緒に食べてさみしくなかったし、夜もリビングでバラエティを見てワハハワハハ笑っていれば彼氏とメールや電話をしていた時間を忘れられたが、帰る道だけは一緒に帰れる友達がいなくてすごく虚しい気持ちになった。彼氏と付き合う前は曲を聞きながら帰っていたはずなのに、帰り道に聞く音楽はどの曲を聞いても、車のクラクションや風の切る音のような雑音にしか聞こえない。
彼氏と分かれて一週間が経った。部活が終わってやっぱり下校時間になるとぽっかりあいた心の穴に冷たい風がスースー通る。その日は一年生よりも遅く部室に残って、携帯をいじっていた。お腹が空いたので今日持ってきていたグミを食べて、埃っぽい部室の中でただ時間を過ごしていた。夏も終わり、だんだんと日が短くなってすぐに辺りは真っ暗になった。部活で疲れていたし、一人で帰るのもさみしいし、お母さんに迎えに来てほしいと駄々をこねたが、既読になってスルーされた。そのことで余計意地になったわたしは、本当に迎えに来るまで部室に居座ってやることにした。怒られてもいいし、親でもよかったのでかまってもらいたかったのかもしれない。自分でもつくづく馬鹿でわがままだなと思ったけれど、彼氏と別れてわたしは自分でも思っていた以上に傷ついていたのかもしれない。
数時間してトントントンと階段を歩いてくる音が聞こえたのでわたしはドキリとした。部室の鍵をまだ職員室に返していないし、先生が巡回しに来たのだと思って、わたしは長いカーテンに包まって息を潜めた。高校って退学とか休学とかあるのだろうか、でもまさか夜遅くまで残っていて休学なんてことはないだろう。早く帰りなさいと言われる程度で処罰などは下されないとは思っていても足音が部室に近づいて来るたびに心臓が飛び出そうなほどドキドキしていた。
足音は迷いもせずにうちの部室のドアを開けて電気をつけた。そういえば中から鍵をかければよかったと後悔しながら、わたしは息を止めて先生が出て行くのを待った。部室はそんなに広くないので見渡せば生徒が残っていないことなんてすぐに確認できるはずだ。明日の朝鍵を職員室に返せなかったのを謝れば、大丈夫。と思っていたら、急に080から始まる知らない電話番号から電話が来てブザー音が鈍く部室の中に響いた。その音を聞いて、わたしの包まっているカーテンに近づいて来る足音に心臓が握られるほど痛くなった。寝ていたらこんな時間でした、なんて言い訳もカーテンに隠れていれば苦しい言い訳にしかならないし、どうしよう!どうしようと焦っている間にカーテンを捲られて、蛍光灯の光にグレアが生じる。
「帰るよ」
言われなくても引っ張られていてはついていくしかない。わたしが見ても蛍くんはすごいイライラしていて、わたしがギャーギャー言える状況ではなかった。先導する蛍くんは部室の電気を消して、わたしから鍵をふんだくると丁寧に鍵をかけてわたしにポイっと投げつけた。それを慌ててキャッチすると、そのまま腕をまた引っ張るように階段を降りて、下駄箱までいくとわざわざわたしの下駄箱からローファーを出してくれる。出してくれるというよりもコンクリートの上に落としたと言った方が正しいかもしれない。わたしは転がってひっくりがえったローファーをつま先でうまく転がしながら直し、履いていた上履きを下駄箱にしまった。蛍くんもスニーカーに履き替えると、わたしが着いていけるのかも確認しないでさっさと校門へ向かっていった。
わたしも急いで蛍くんの後ろを歩いて、やっと流されるがままだった思考が正常に働いた。
「いや、なんでこんなことになってるの!」
「…お前には関係ない」
いやいや、関係あるでしょ…いろいろと尋ねたいことはあったが何を言ったってまともに答えてくれそうにないので口を噤んでいたら、今度は蛍君の方から口を開いた。
「で、逆になんであんな時間まで学校に残ってたわけ?」
蛍くんの問いにわたしはそのまま黙っていた。なんでと言われて、単純に言えば寂しかったから、かまってほしかったからという言葉しか出てこなくて、そんなことを遠巻きにしていた幼馴染には恥ずかしくて言えなかった。わたしが沈黙すれば蛍くんから必要以上に話されることはなかった。坂を下りきった商店街のところでやっと蛍くんがちらりとわたしに目を寄越した。
「言いたいことがあるなら言えばいいでしょ、めんどくさい」
「…別にないですけど」
めんどくさいならなんでここまで来たんだよ。うちのお母さんに頼まれたのだろうか、会話はわたしも不貞腐れているので続かない。どうせ迎えに来るなら疲れてるし明光に車で迎えに来てほしかった。無理そうな願いだけど、蛍くんが迎えに来てくれるのはメンタル的にも体力的にも重たいものがある。わたしが道路に転がっている石を蹴りながら歩いていたら、蛍くんがその石に冷たい視線を送りながら、僕は茶番には付き合ってられないよ。とあの日みたいにため息を吐きながら言った。茶番とはこの石蹴りのことか、いやあの日も同じことを言っていたのでケンくんのことだろうか。蛍くんにとってはわたしたちの交際が茶番に見えた。ということか。
「確かに茶番だったかもね、別に後悔はしてないよ…」
「嘘つき、涙の痕ついてるし」
うそっ!と頬をカーディガンで強くこすって、ヒリヒリとした頬を向けて取れた?と蛍くんに尋ねれば嘘。と口角を上げてニヤニヤと笑われたのでわたしはバッグで蛍くんの背中を殴った。このように話していても小さい頃に感じた違和感は感じなかった。そもそも顔を合わせたくない理由も急に変わってしまった蛍くんを勝手に意識してしまったからだっただろうか。
「蛍くんかわいいなあ」その懐かしさのあまり心がいっぱいで、素直な言葉がこぼれた。もちろん蛍くんは「は?」怪訝そうな顔をしたけれど、久しぶりにわたしは蛍くんとお話しできて楽しかった。帰ったら玄関で蛍くんのお母さんと立ち話をしているうちのお母さんに当然のごとく怒られた。蛍くんのお母さんも大丈夫だった?と心配してくれた。蛍くんは家の近くに着くとわたしの家の方には寄らずそのまま自分の家へと帰っていった。やっぱり蛍くんが迎えに来たのもお母さんのせいか、蛍くんのお母さんも強引なところあるから断れなかったのだろう。なんか申し訳ないことしたな。と思ったが、わたしは蛍くんと久しぶりににお話ししたことが嬉しくてウキウキしていた。自分が寂しくてかまってもらいたかったことなんて忘れて、その日は携帯もいじる暇もなくぐっすりとベッドで眠った。
本格的に秋になった。秋になったら先生達の出張が多く体育はクラス合同で、クラス対抗のドッヂボールをすることになった。体育着の中にはこっそりカーディガンを着て、男子のボールなんかは当たったらいたそうだなと思いながら見ていた。一番初めにうちのクラスと当たったのは4組で蛍くんはめんどくさそうにボールをよけていていた。人数も少なくなり、よけているだけの人間も狙われるようになった頃うちのクラスの男の子が蛍くんを狙ってボールを投げた。それを別に問題もなさそうに軽々とキャッチした蛍くんの目がコートの隅っこにいるこちらに向いたのがわかった。
蛍くんはふわりと山なりのスピードのないボールをわたしに向かって投げて来た。わたしの後ろにはすぐ外野の男の子がいて、避けたらこれよりももっと痛いボールに当てられる!と思ったわたしは蛍くんのボールを取ろうと身構えた。流石にこのボールなら取れるはずだ。と頭の上あたりでちょうど落下するのを確認して手を伸ばしたのにも関わらずわたしの手をスルーして頭にボールが当たった。そのボールはまたポーンと高く飛び跳ねて、外野の床に落ちてわたしはアウトになった。
恥ずかしくなって速やかに外野に向かえば、蛍くんが嘲笑うかのように口元を隠して笑うのでわたしは転がって来たボールを拾いに行き蛍くんに投げつければ、またも容易くキャッチされてしまった。
結局4組とのドッヂボールはうちのクラスの勝利で終わったが、終わった後で蛍くんの背中を小突いてやった。蛍くんがわたしを狙わなければやり過ごせたかもしれないし、恥をかくこともなかったのに!とぷりぷりと怒っていたら、そのお返しと言わんばかりにわたしのツムジを親指でぎゅむっと押された。わたしが振り向いた時にはすでに山口くんの隣でジャージのチャックを上まで上げながらステージに腰掛けようとしていた。蛍くんには叶わないと分かっていながらもくそう。と悔しがってトイレに行った友達を体育館の隅で座って待っていると、急になにも言わずケンくんがわたしの隣に腰を下ろした。
「久しぶり、元気?」
「うん、元気だよ」
当たり障りのない会話が少し背筋をぞわりとさせた。こうやって改めて話すのは初めてである。わたしは体育座りをしながら視線だけ彼に向けれた。しばらくは沈黙だった。体育館に響くシューズが擦れる音と、はしゃぐ同級生の声が遠くに感じる位には緊張している。彼も落ち着きなく、髪をいじったり胡座から体育座りへと座り方を変えたり数分間膜を張られたような丸い空間の中にいるようだったが、そのシャボン玉のような空間が割られたのは彼の言葉からだった。
「いきなりですごく悪いとは思ってんだけど、俺たちより戻さない?」
すごく急だったので目を見開いた。彼女はどうしたの?と聞けば、わたしとやり直すために別れたと言われた。フられたものとしてこうして言ってくれるのは正直悪い気分ではなかった。何よりまた付き合い始めたら今度こそ結婚できるかもしれない。と少女漫画的な展開がグルグルと脳を巡る。どうしようかとわたしは膝の間に顔を埋めて心臓をドキドキしていたら雰囲気とは真逆にツムジに爪を立てられた。え?だれ?と思って急いで顔を上げたら心配そうな顔をしている蛍くんがわたしを見下ろしていた。
「さっき当たっちゃったボールでたんこぶできてるね」
「は、え?で」
「おい、月島なんで」
「ごめん、ちょっと名前のこと保健室に連れてってあげるから」
と蛍くんはわたしを釣り上げるように片手で立たせ、その握った手のまま体育館の扉を開けた。ちらりと覗いた顔はさっきの心配そうな顔どこいったってくらいイライラしている。もしかして蛍くんわたしのこと好きなのかな。って思って吹き出せば「あ?」と振り向いてわたしの前髪を払い除けてデコピンを食らわせた。
「いたぁーい!」
「なんなの?馬鹿なの?学習能力がない動物以下なの?」
「もうなんで蛍くんが怒るのさ」
もしかしてわたしの事本当に好きとか?って言えば蛍くんはカッと目を見開いこちらを凝視した。小さい頃から鈍感な子ではないので、あーっこれは滑ったかなっと思って笑って済ませようとしたら、握っていたわたしの手を離してわたしの頬に手を滑らせる。昔とは違う、皮が厚くカサカサでぷにぷにしていない手が髪を耳にかけて、今までにないくらい優しくわたしに触れるもんだから背中が粟立った。
「調子に乗らないでよね」
「いひゃ」
というシンデレラタイムは束の間、蛍くんはわたしの頬を掴み横に引っ張った。
「痛かった?」
「いや、別に?」
頬を離してくれた時には結構な力で摘ままれていたため痛かったが、それよりも恥ずかしくて頭の方が痛かった。好きとは言わずとも今の件といい元彼の件といい少しは幼馴染として心配してくれているのだろう。そう思うだけでわりと心が救われた。
「好きなのは名前の方でしょ」
「僕はいつまでもウジウジしてる名前をただ迎えに行ってるだけ」
その口調には何時もの嫌味ったらしさが感じられない。そんな蛍くんを見てわざわざ口には出さないがかわいいと思った。ただ残念ながらその表情を隠し通せるだけのポーカーフェイスじゃなくて、そのまま蛍くんを見あげたら、そっぽ向かれた。…まあ、いいや。蛍くんは何かをいい直そうにあーとか言って眉間に皺を寄せながら何か考えていた。わたしはワクワクしながら蛍くんの続く言葉を待っていれば自惚れるなと、大きな手で目を覆われた。
20140421