book | ナノ
朝起きて身成は一応整えてきたつもりだ。顔を洗い、歯磨きをして、髪を梳かし、制服もシワなくピシッとしている。そりゃ学校に着くまでに風やなんかで少し乱れたりはするけど学校に着いたら一応トイレに行ってまた少し鏡に映る自分を見る。わたしは人並みに身成を気にしている人間だと思う。
「おはよう、名字さん今日も変わらずブスだね」
「げ、月島…」
HRが始まるからトイレから出て教室に向かう途中月島と顔を合わせてしまった。確かに身成を整えても顔はどうしようもないじゃない。むしろ、顔で補えない部分を他のことで補おうとしてるんだからそこらへんの努力を買って欲しい。
月島とはただのクラスメイトである。綺麗な顔立ち、スタイルの良さと人を寄せ付けない雰囲気から特に話す機会もなかったのだが、先月くらいに席替えをしてたまたま隣の席になったのが運の尽きである。わたしが机を移動した時にはすでに月島は机の移動を済ませていて、座って肘を着いたまま窓の外を見ていた。何も言わず隣に行くのも気まずくて自己満足くらいの小さな声でよろしくお願いします…と呟く。別に聞こえなくてもよかったし、返事を要求したわけじゃなかったので、なんの返事もしない月島のことはなんとも思っていなかった。同時にぶつけるつもりはなかった机が月島の机に当たってしまい、少しだけ彼の机が揺れる。月島はその振動で隣に来たわたしに気づいたのか、ごめん。と謝るわたしのことを見てにっこりと笑い、ただ「死ね、ブス」と澄んだ声で汚い言葉を吐き捨てられた。
ただ机ぶつけただけでそこまでいうか?まあ、わたしもその時はあまり気にしていなかったので再びごめん、ごめんと適当にあしらい、月島もチッの舌打ちをして気が済んだのか、その場は丸く治まった。しかし、席が隣になりはじめてからわたしと顔を合わせるたびに月島はブスやら不細工やら豚と罵倒してくるようになった。
月島と一緒教室に入るのは癪だったが同じ場所に行くのだから必然的に月島はわたしの後ろについてきた。教室に入って席に着いてからわたしはマスクをつける。月島に不細工やら罵倒されるようになってからはこうやってマスクで顔の半分以上を隠すようにしていた。さっき廊下で会ってしまって顔を見せたのは久しぶりだ。まあ、マスクをつけてようが月島はわたしのことをブスだという。正直最近では月島にブスってら言われることに慣れてしまっている自分がいた。
「てか僕名字さんにおはようって言ったよね」
「まあ、そうだけど、なに!」
「は?なに怒ってるの?そんなことより、名字さんから挨拶はないわけ?ブスなのに礼儀もなってないとか救いようないなあ」
そういう月島は人を馬鹿にするようにニヤニヤと笑っていた。特に挨拶の返事が欲しいわけじゃないくせに無駄に絡んでくるのはやめてほしい。わたしは月島を横目で睨みおはようと一応朝の挨拶を返す。すると月島はニヤニヤと嬉しそうにしながらわたしの隣に座った。
月島は本当に嫌なやつだと思う。わたしの顔をブスだとかいうのは別にいいけど、わたしの仲良い友達と付き合ったり別れたりを繰り返すのをやめてほしい。わたしは友達3人と、いつも月島とわたしの近くの机を4つ合わせてお昼を一緒に食べていた。お昼の時は大抵昨日のテレビの話や先生たちの話題が多かった。しかし、体育の空き時間や帰り道などそれぞれ一対一でわたしと話すときは恋愛関係の話、主に月島についての相談内容だったりする。三人ともみんな月島のことが好きだった。一番初めに付き合いはじめたのはルリコだった。次はマキ、次はハツミちゃん。その次はまたルリコ。と二週間くらいをペースに月島はわたしの友達を彼女としてローテーションしている。その事をわたしはルリコにもマキにもハツミちゃんにも言えないでいた。あなたの彼氏昨日まで隣にいるあの子を、その二週間前くらいまでは隣の隣の子と付き合ってましたよ。なんて言えやしない。
ある日その時はハツミちゃんと付き合っている時、マキがプリントを後ろに回す際こちらに視線を向けたことがあった。こちらと言ってもわたしの隣にいる月島のことを見ているのだが、マキは顔を赤くしながら月島に手を振り、すぐに前に向き直った。月島はマキに対して爽やかな笑みを浮かべていた。マキに対して営業をしている月島をじっと見ていると、月島がナニ。と冷めた目でわたしを見てきたのでこれは機会だと思い口を開いた。
「なんでわたしの友達ばっかりローテーションするの?」
自分が思っていたよりも苛立った声だった。他にもなんで二週間ペースなのかとか、いつまでこのローテーションつづけるのかとか聞きたいことはたくさんあったがとりあえず、わたしが友達に人は違えど毎回同じ相談され、彼女たちを常日頃慰めているのが疲れていたのかもしれない。
珍しく月島はわたしに営業の顔を見せた。窓から差し込む太陽の光でわたしの眉間にシワがよる。月島の髪はその光に反射してキラキラとしていた。
「そんなこともわからないなんて本当にグズでブスだね名字さん」
「もう!ふざけないでよ!」
ついでに、もう救い用がないね。と言われたが、救い用がないクズは月島の方だ。わたしは黒板に書き出される明日の用意をメモに書き出した。あーそうそう、思い出した。これはちょうどハツミちゃんと別れたら、またルリコと付き合いはじめれば3週目に突入するある時の話だ。
で、とうとう5週目にさしかかろうとしている。流石に3人に相談されていながら真実を誰にも言ってない罪悪感を覚え始めた。ここでわたしが動かなきゃ負のローテーションは止まらないと思い、わたしは部活終わりの月島を待ち伏せしている。彼女たちをなんとかするより根源から潰した方が一気に決着が着くと考えた。ちなみに今マキと付き合っている月島だが、基本的に男子バレー部の終わりが遅く一緒に帰っていないことは知っている。
とは言ったものの、第二体育館の様子をウロウロしながら探っているわたしはだいぶ不審者だったと思う。体育館重たいドアがガラガラと開く。もうそろそろ終わったのかな?と思えば、バレーシューズのスキール音とざわざわと楽しそうな声が体育館扉から溢れてきた。
「影山じゃん」
「名字か?なにやってんだ?」
中から出てきたのは影山だった。影山とは小学校の時からずっと一緒の学校に通っている。特に幼馴染というわけではないが、まあ喋らない間柄でもない。会えば話すくらいの関係だ。影山は手にタオルを持っていて、外にある水道に行く途中だったらしいので、なんとなく暇だったので彼に着いていってみた。
「部活終わってる?」
「まあ大体、あとモップかけて、ポールしまってとか」
じゃああともう少しかな。だいぶ夜遅くまでやってるな、バレー部。月島は影山とかみたいに部活に熱心なタイプじゃなさそうだからサボって帰ったりしてたら待ち損だなあ。と考えていると、オレンジ色の髪色をしている男子がこちらを伺うように体育館の扉からぴょこんと小動物のように顔を覗かせていた。彼と目があった時、彼の眼力によってバチリとショートが起きたような感じがした。そして オレンジの男子はわなわなと震えながら体育館の中まで聞こえるくらいの大きな声でいきなり叫び始めた。
「か、影山がモップがけサボって彼女と喋ってるうう!!」
「はあ!?日向ボゲェェ!!誰がモップがけサボったってえ!?」
「あ?ちょっと影山くんちょっとこっち来なさい」
「ちょ、田中さん、西谷さん!違います!俺手洗ったらすぐに戻るつもりっした!」
「とりあえずお前ら落ち着け!片付け終わってないぞ!」
わあわあ、日向くんというオレンジの男子の発言によったなんかいろんな人が混じってカオスな状態になった。わたしのことをチラチラと見ながら坊主の人や前髪だけ金髪の人が影山を引きずって体育館の中に入れようとしていて、日向もその場であわあわしながらわたしを見ていた。白髪っぽい中性的な顔立ちの人がみんなを宥めながら場を収めようとしている。なんか申し訳ない気持ちになりながら、わたしも日向くんみたいにあわあわとしていた。
「まあ片付けは庶民がやることだし、王様はそのカノジョとでもゆっくりしてれば?」
最近聞きなれたねっとりとした嫌味ったらしい声が耳に入ってわたしは自分がなにしに来たのかを思い出したように顔を上げれば、そこには目を見開いて驚いたような表情をしている月島がモップを持ってこっちを見ていた。
「…へえ、王様の彼女って君だったんだ」
「ち、違う!影山はただの…」
「あー、影山待つにしろとりあえず体育館の中で待ってもらってもいいかな?」
月島の冷たい突き刺すような言葉が少しだけ怖かった。わたしは中性的な顔立ちの先輩の誘導の元、体育館で少し待たせてもらった後、帰り支度が終わるまで部室の前で待たせてもらう。そんなしばらく待たない間に部室からは影山と日向くんよりも早く月島と山口が階段から降りてきた。
「王様先輩達に捕まってるからもう少し時間かかりそうだけど」
「用あるのは月島の方」
「僕?」
山口は月島に先帰るよ。と告げると先に歩いて行ってしまった。わたしがすぐ終わるから少しだけ待ってて欲しいって言ったもののこの後練習があるからごめんと、両手を合わせて彼はわたしと月島を二人っきりにする。まあ、山口自身に予定があるのは仕方ないがわたしと月島をほっといてしまうなんて加害者である。少し気まずい雰囲気になりながらわたしは月島に向き合った。月島はすごく不機嫌そうな顔をして、手をポケットの中に突っ込んで歩き始めたので、わたしも慌てて置いていかれないように月島に着いて行く。しかし、月島の後ろを歩くのも隣を歩くのもなんか一緒に帰ってるみたいなので、彼よりも半歩前に進んで歩いてみせた。
「で、僕に用って」
「わたしの友達巻き込むのはやめて!」
とわたしが大きな声で言えば、月島は首を傾げながら、あーそっちかとイライラした表情でメガネの位置を上げた。
「なんで名字さんには関係なくない?ブスのくせに僕に命令するわけ?」
今までこれほどイライラして冷たい目をしている月島は見たことなかったのでなんか張り合ってギャーギャー喚くことができなかった。一層の事このまま月島をおいて走って帰ってしまいたいくらい怖い。なんでこんなにわたしがイライラされているのか。影山のことを王様なんて読んでるけど月島の方がよっぽど横暴で王様みたいだ。女特有のネチネチしてる部分から女王様の方が当てはまるだろうか。
「だって…」
「だからちょっと考えればわかるでしょ、その小さな頭使って考えてよね。本当馬鹿。あ、もしかして名字さんは彼氏の王様の事しか考えてないから僕なんて目に入らないっていう遠回しなアピール?」
さすがに今の月島の言葉ではっと気がついた。どっちが遠回しなアピールよ。わたしの友達3ヶ月弱巻き込んで、わたしのことはブスブス言って、自分の思い通りにならなかったらわたしに八つ当たりして、見た目は背も高くてクール気取って大人っぽいくせにどんだけ子供なの?わたしはため息を吐いて振り返ると仏頂面をした月島が生理中の女子みたいに見えてきて少し笑うとそれが気に食わなかったのか、わたしの頭をぐわしと掴み強い力で握ってきた。
「いたい!いたい!わかりにくいんだよ、月島は!」
「なに?やっと気づいたわけ?おっそ、さすがブスだね」
「あんたに言われたくないわ!性格ブス!」
「は?てか王様も趣味わる。こんなブスはブス専の僕しか好きにならないと思ったのに」
「だから影山はただ小学校から一緒の友達!」
と、わたしが叫ぶと月島はお得意のニヤリとした表情でふーん、あっそならいいけどと言った。
あーもう言ってることの道筋がこんがらがって意味がわからないし、月島の親指がちょうどこめかみに直撃して頭が痛くなりそうだ。ブスって貶されながら好きって言われるってすごく複雑な気持ちで、わたしは喜んでいいのか怒っていいのか混乱していた。
「…悪いけどわたしは月島は意地悪ばっかしてくるから嫌いなんですけど」
「は?名字さんは僕がブス専なのを感謝するべきはずなんだけど」
「はー?じゃあせめて嫌がらせばっかするのやめてよ!」
「なんで好きな子をいじめたくなっちゃうこの高校生男子の複雑な恋心を理解しようとしないかな」
そんな限度を超えた歪み切った恋心なんか誰が理解できるか!と思ったがきりがないのでわたしは黙って月島を睨んだ。月島とこうやって意味わからないことで喧嘩するのは嫌いではない。という思考が頭を過る。あーもう、月島に流されすぎ、深呼吸深呼吸。
「じゃあ僕はどうすればいいわけ」
月島もやっと手を離して声のトーンを落としてそう言った。本当に今までのちょっかいが月島からの愛情だとしたら、目の前で拗ねているような表情がまた子供らしくて少しかわいいなんて思ってしまう。
わたしもどんなに顔がかっこよくても意地悪ばかりの月島を今好きになれなんてわたしには無理だ。でも逆に月島のどうすれば好きになるなんていう問いに対して、こうすればいいよなどと明確な言葉も出てこない。しばし沈黙の中月島は、横に視線をずらしながらポツリと呟いた。
「僕は頭でわかっていても……名字さんが好きだからって素直に話しかけたり、優しくしてあげたりできないと思う」
「…」
「でも名字さんが影山と穏やかに話してるの見て…羨ましいって思って」
「え?うん」
「だから、」
言葉を詰まらせた月島はずっと道路を見て顔を上げようとしなかった。多分このように素直に誰かに感情を伝える機会があまりないのだろう。すごく戸惑ってるように見える。
「じゃあ、これからは普通に接してよ」
「だから頭ではわかってるけどできないって言ってるでしょ?僕の話聞いてた?」
「なんで?今素直じゃん、わたしは今の月島は好きだよ」
「だから、これは…もー、馬鹿と話してると疲れる」
月島の顔が少し赤みを帯びたような気がしたけど、すぐ月島の大きな手によって視界を遮られてしまった。ほんの少しだけだけど月島がなぜわたしにちょっかいを出してくる気持ちがわかったような気がして、少しにやにやした。
20140501