緑の絨毯を敷き詰めたような下生えの茂に、整然と立ち並んだ死者を弔う十字架達。
その内の一つの前に跪き、オニキスは墓碑に刻まれた彼の名にそっと細い指を這わせた。
“Neil Dylandy”
きっと自分は地獄へ堕ちるだろうから、死んでも天国にいる家族に会うことは叶わないだろう、と。
いつか哀し気に笑い、そう言っていた彼。
「家族には会えた?」
残されたのは、大破した彼の機体と、還ってこなかったと言う事実だけ。
それは彼が“死んだ”と判断するにはあまりにも不十分で、こうして墓前に手を合わせている今でさえ、確かな実感を持てずにいる。
「一緒にいるよね?じゃないと、困るよ。」
彼の犯した罪に、死以上の咎を課す必要があるならば、それは全て、今尚罪を重ね続ける私が背負うから。
だから。
どうか彼の魂を、天国へ迎え入れてほしい、と。
彼が生涯想い続けた家族と、共に在ってほしい、と。
「ご家族に宜しくね、ニール。」
そう願って、アイルランドにある彼の家族の墓に、亡骸さえ遺らなかった彼の名を連ねたのはつい先月のこと。彼を喪ってからは既に四年、随分と月日が流れてしまった。
「…どうか、安らかに。」
微笑んでそう呟くと、オニキスは胸の前で十字を切り、軽く手を組んで瞳を閉じる。
『…オニキス?』
「…!」
耳に届いた声に、オニキスは顔を上げた。そしてゆっくり振り返り、一瞬だけ、幻を見ているような錯覚に囚われる。
「何だ、来てくれてたのか。」
「…あ、ライル…」
抱えていた白薔薇の花束を墓前に供えると、ライルはオニキスの傍らに膝をついた。瓜二つの横顔を見上げると、気づいたライルがそっと髪に触れてくる。
「ありがとな、オニキス。」
「ううん、ごめんね。勝手に来ちゃって。」
「構やしねぇよ。兄さんも喜んでんだろ。」
そう言って、十字を切り墓前に祈り始めたライルを、オニキスはふと口元を緩めて見つめた。
陽射しを浴びて溶けそうな、甘いブラウンの髪。閉じられた目蓋の向こうに隠れた淡い翠色の瞳。色素の薄い色白の肌。
ふとした瞬間見せる表情、立ち居振る舞い。
その一つ一つが、過去に喪われたニール・ディランディという男を思い起こさせる。彼が還ってきたと思いたくなるほどに。
「俺は俺の為に、引き金を引く。」
「…え?」
「ソレスタルビーイングの一員として…、ケルディムガンダムのパイロットとして…な。」
唐突に呟いた彼の翡翠の眼差しは、十字架の遥かその先を見据えていた。瞳に宿したのは、憎悪でも、復讐心でもない純然たる彼の意志。
「さて、と。行くか、オニキス。折角だし、一緒に飯でも食いに行こうぜ。昼まだだろ?」
「あ…、うん。」
そういってオニキスを見下ろしたその眼からは、既に垣間見えた静かな炎は消えていた。曖昧に返事を返し、急かされるままに腰を上げてライルの後を追い踵を返す。
―――と。
後ろから手を引かれたような気がして、オニキスは墓標を振り返った。
『ライルを、頼んだぜ?オニキス…。』
「…!?」
風が運んだ微かな囁きは、確かにオニキスの耳に届いて。
「安心して、ニール。」
そう簡単に、貴方の元へ逝かせたりはしないから。
ライルが彼の意志で戦うことを選び、“ロックオン・ストラトス”という名を受け継ぐというのなら、私は全力で彼を護り通そう。もう二度と、ロックオンを喪わないように。
『悪ィけど、よろしくな。』
きっと彼は、少し困ったように微笑んでそう言うのだろう。
「オニキスー?」
眩しい日差しの降り注ぐ、とある日の昼下がり。静閑な墓所を、柔らかな風が踊るように吹き抜けていく。
「今行く!…また来るね、ニール。」
固い誓いを胸に秘めて、オニキスはライルの元へ走り始めた。
墓前での決意私は前に進み続けるよ。
20080824
夢じゃない件wしかし自己満足。
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