「オニキス、そろそろ時間だ。」
回された細い腕を掴み、解こうと試みる。しかし自分を抱き締める力はぎゅうっ、と増すばかりで、しがみ付く彼女の身体は一向に離れる素振りを見せなかった。
「…オニキス。」
途方に暮れて嗜めるように名を呼ぶと、オニキスは胸元に埋めた顔を小さく横に振る。
「…嫌。」
「嫌、じゃない。」
「嫌。ティエリア、離れたくない…!」
今ここでこの手を離したら。ティエリア、貴方を離したらどうなる?共に戦った仲間を一人失って、どう足掻いても逃れられない滅びの道を歩み始めたこの状況で。
悪い予感ばかりが頭を過る。そしてその予感は、ほんの近い未来に、少なからず当たることになるのだろう。
今までとは違う。圧倒的な力量差で敵兵をねじ伏せていたあの頃とは違うのだ。帰還を信じて武運を祈ることさえ、もう許されない。
「我儘を言うな。私も君と離れたくない。君をここに残してなど行きたくはない!」
例え自分達が出撃しても、この母艦を守り通せるかどうかはわからない。仮に守れたとしても、自分達が無事でいられる保証は無い。それ程に戦況は悪い。
「だったら…」
「だが、私は…!」
悲痛な声音を隠すことは不可能だった。しかし可能な限り毅然とした物言いで、ティエリアは言葉を続ける。
「私は、行かなければならない。」
自分はもう決めてしまったのだ。最期まで、ガンダムマイスターとして闘い抜く事を。
これで世界が変わるかどうかは分からない。確証なんてどこにもない。それでも、自分は闘うことを選んだ。仲間の遺志を継ぐ為に、後悔しない為に。
「そして何よりも、」
小刻みに震えるオニキスの身体を、ティエリアは強く抱き竦める。
「君を、守る為に。」
その感触を、温もりを、刻み込むように。
手放してでも守りたい者例え君の行く未来から、私が居なくなろうとも。
20080815
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