創作memo | ナノ

 出来るなら、今の関係を

その日も、私は街に出ていた。
表向きはけむしお姉ちゃんの所に行くとなってるけど、彼女が住んでるのとは逆の方角に進んだ。 階数の多い建物の間を抜ける間、いつ保安官のおじさん達に遭遇しないかでひやひやしたけれど。その心配も無用だったみたいで、住宅街が見えたとき、真っ先に一角の家に向かった。
走ったせいで息が苦しくなったから、とりあえずは落ち着こうってゆっくりと深呼吸。
それから扉の前に立ち、インターホンを押す。『はーい』という音と一緒に足音が響く。あ、転けたらしい音が。
「へへ…来ちゃった!」
『今朝メールを飛ばしたばかりなのに!? 家の人心配してないの?』
「うん、知り合いの家に行くって言ったから大丈夫!!」
『まあ、用事が無いから…いいけどさ』
緑の髪が特徴の男の子━━ヨハンくんは驚いた様子もないのだが、彼の言葉に私はムッとなってしまう。
「用事はあるよ。私が遊びに来るっていう用事が」
『……そうだね。ここじゃあ、なんだから上がって』
「お邪魔します」
丁寧にお辞儀をして中に入る。そのまま客室に案内されて、『お茶持ってくるから待ってて』とヨハンくんはキッチンに駆け込んだ。静かになった客室で、私は一人天井を眺める。
(いつも思うけど、キレイなお家…)
私が私が住んでるのは昔の言い方でいう日本家屋で、今いる場所とは造りも違う。和室はあるらしいが、風流を感じるための場所であるため、普段は使っていないという。
そういえば、ヨハンくん一人で住んでいるのかな。いつも外で会うことが多いから、彼の両親を見たことがない。
年が近いのに独り暮らしでは寂しさもあると思う。もしくは、本当は誰かと暮らしていて、昼間は出掛けているからいないとか。
『お待たせ。お饅頭もあるんだけど食べる』
「うん」
キッチンにから出てきたヨハンくんは、お茶と饅頭を乗せた盆をテーブルに置く。私たちはそれを食べながら楽しくお話をした。


お話は楽しかったけど、ヨハンくんのズボンのポケットから明るい電子音が鳴り出したので会話は中断した。
「ヨハンくん、端末鳴ってるよ?」
『あ…ホントだ』
取り出した端末画面を見る。メールだったようで中身を確認している。内容は解らないが、読み終わる頃には表情も曇らせてしまった。返信を終えてからも気分が晴れないらしく、すっかり黙り混んでしまった。
「………大丈夫? 何か嫌なことでもあったの?」
『だ、大丈夫だよ。ちょっとパートナーから急ぎの用事を頼まれて…』
「急ぎだったら早く終わらせなきゃ。私のせいで遅れたら大変だよ」
『本当に、大丈夫…だから』
大丈夫という割には暗い面持ちをしている。私がいるから用事を済ませることが出来ないのではないか。やることが残っているのであれば多少なりとも手伝ってあげられないかなと、何か良い案を考え始めたとき。
「……?」
外の方で何か動いた音がした。なんだろうと思って窓の外を見る。庭全体が見える窓の端に白い服装をした男の人が二人ほど立って話をしていた。
「あの人達…」
見覚えのある服装と共に苦しい記憶が蘇る。無意識のうちに壁の方に後退りした私をヨハンくんはどうしたのだろうと首を傾げた。
『蒼空ちゃん?』
「なん…で…」
嫌だ。
逃げないと。
捕まりたくない。

「ヨハンくん…私、帰るね」
『どうして? まだ来てそんなに経ってないよ』
「うん、でも…帰らなきゃ!!」
止めるヨハンくんの言葉を降りきり、私は急いで玄関の方へ走っていく。駆け出す私を見ていたのか、扉を開けた時には既に二人が待ち構えていた。
「異端者一名発見。これより捕縛します」
連絡を取った男の一人━━保安官は通信を切るとまっすぐ手を伸ばしてきた。捕まりたくはない。その一心で掴もうとする間を掻い潜り、私は逃げようとしたが遅かった。もう一人の保安官に肩を掴まれ、持っていたスタンガンを首に当てる。一瞬の傷みを感じては私は意識を失った。


どのくらいの時間眠っていたのか分からない。意識と共に目を開けると知らない天井が目の前にあった。けむしお姉ちゃんのいるお屋敷でも私が住んでいる家の木製の天井でもない。ヨハンの部屋はクリーム色なので、こんなに真っ白なものがあるとしたらそこは…。
「もしかして…施設…?」
施設の壁は白く、無機質のような造りをしている。私は起き上がって部屋の中を見渡した。電気が付いてないのか薄暗く感じる。施設に戻ったのかと思ったのだが、見覚えのあるベッドやカーテンが無い。何より一番の特徴である音の遮断が一切成されていないのが気にかかる。
施設では無いのだろうか?それにヨハン君は?あの子は無事なのか。
「━━ここから逃げなきゃ」
不安が不安を呼ぶが、まずは得たいの知れない場所から外に出ることが最優先だ。幸い見廻りに来る人もいない今なら人目を盗める。
私は立ち上がろうとして、チクリ、首の後ろが痛み反射的にその部分に手が触れる。気を失う直前、保安官の男にスタンガンを当てられたんだっけ…。よろめきながらも何とか立ち、外への扉を開ける。廊下に出て人の声が聴こえないのを良いことに颯爽と屋外に出る。
「早くしないと、ヨハンも危ないよ」
「へー、アイツが危ないことになるの?」
真上から声が降りかかり、驚いて見上げる。私が出てきた家の屋根に槌を両手に抱えた男の子が悠然と此方を見下ろしていた。
「電子メールで伝えたのにさ、まだ捕まえてなかったんだな」
屋根から軽々と飛び降りて言う。
「まだ……捕まえてなかったんだ…?」
「あれ、お前知らないのか? まあ、ヨハンの事だから隠す気持ちも解らなくはないけど」
この子も同じ保安官の一人なら、なぜ彼の口からヨハンくんの名前が出てくるのか。ヨハンくんは声が出せない普通の。
ヨハンくんと同じ赤い目をした男の子は「オレ、クラウスっていうんだよろしく」とあどけない口調で笑った。そして、クラウスくんは一呼吸置いて言葉を紡ぐ。
「ヨハンとは知り合い…てかパートナーを組んでいてさ、さっきメール送ったんだよ」
「メール…?」
ヨハンくんの家で鳴った着信音。あれはこの子からだったのか。それを伝えると彼は「あの場に居たんなら話は早いね」と言った。
「ヨハン、オレと同じなんだ。保安官と似た立場なんだよ」
耳を塞ぎたくなった。

保安官だという少年の言葉をどうしても受け入れることが出来ない。本人に聞いて確かめたいのに、私が行こうとする先を「おっと」白い手に塞がれた。
「逃げようと思うなよ。お前明らかに弱そうだから大人しくした方が」
「別に、逃げようと思ってないよ」
「何だって?」
私の言葉に少年は理解しきれていないのか、当惑した様子で眉をひそめた。そう、私は一人で逃げられるとは思っていない。足の速さや技能は彼らの方が上だし、異端者を捕まえるエキスパートだ。いつもは帷お兄ちゃんたちに逃げるのを手伝ってもらっているから捕まらないだけで。
勿論施設や保安官の人たちは怖い。再びあの場所に行くのは正直嫌だと言い切りたい。
「じゃあ、逃げないならどこに行く?」
「……聞きたいことがあるから」
「ヨハンに? だから今俺が言ったとおり」
「解ってる。けど、本当にその気があるのか聞いてみたいの」
私を捕まえる気があるのなら、最初に出会ったその時に捕縛しているはず。けど、今日までそんな気配を微塵も見せていなかった。一言もそのようなことは発していなかった。
事実を言えないだけなのかもしれない。本心を隠しているのは言えない理由があるのだろう。
「信じたいの」
彼のことを。一瞬でも信じることを許されるのであれば。今の関係を少しでも続くことを祈りたい。
異端者ということを話したことが無いので隠していた私にも罪はあるのだから。捕まっても文句は言えないのだ。
「お前ら異端者は勝手な行動をしてきたんだ。これからに自由なんてものはない」
金髪の少年は冷えた声音で現実を突き付け、数歩歩いて近づいては所持していた手錠を掛けようとする。
(やっぱり、無理なんだよね)
けれどせめて最後だけ。彼に「ありがとう」の感謝の言葉を述べたかった。異端者と保安官という真逆の立場でありながら一緒の時間を過ごしてくれたこと。
毎回少しの時間しか居られなかったが、それが凄く嬉しかったのだと。

白銀の冷たい感触が手首に触れたとき。

『勝手に連れて行こうとするのはよくないね』
特徴のある声がしたと思えば、どこからか茨の蔓が私とクラウスくんの間に伸びてきて手錠をピシッと音を立てて弾き出した。

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2015/06/04 (17:02)


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