【6,執事と弟と私】






僅かに込められたニュアンスにより彼はようやく暴れることを止めた。

弟の発言にどうすることも出来ず佇む兄を目にすると、荒々しく司貴を振り払いスーツの乱れを正す。

真っ直ぐに弟の視線を感じながら暁斗は力任せに握られた手首をさすった。じんじんと鈍い痛みが続く。あれほど可愛かった弟もいつの間にか男として立派に成長していたのだ。

兄として嬉しく思うが、同時に男として暁斗はどう対応すればいいのか。弟にはとことん甘いところがあり、押し切られてはもうどうすることも出来ないだろう。

戸惑いを押し隠し、静かなままの彼に目を向ける。いつものように真っ直ぐこちらへ視線を送って来る。そして血が繋がっていることが頷ける、兄弟瓜二つの気難しい表情。



「…ねぇ暁斗。そんなに言えないようなコトしてるの?」

「…あぁ。だが勘違いしないでくれ。おまえが思っているようなことは断じてしていない。…そうだろう?司貴」

「はい。だから安心してください。俺は暁斗に何もしてない」



真剣な表情の兄と、両手を挙げ無実だと主張するその執事。しばらく2人を交互に見つめ、ふーんと半信半疑に言葉を漏らす。

そのまま厳しい視線を受け司貴が苦笑していると、今までの剣呑な空気を掻き消すような電子音が鳴り響いた。



「……何」



携帯を耳に当て、不機嫌そうに相手に問う。社長である彼は昼夜問わず忙しい身だ。出勤前であれこのような突然の電話も珍しいものではない。



「……うん。ねぇボク今忙しいの分かる?それになに、キミ1人でそんなことも出来ないの?クビにするよ?いいの?」



電話から悲鳴混じりの声が漏れている。相手が何か懇願しているのだろう。



「乃暁。…部下は大切にしろ」

「…わかったよ。今から行ってあげるからボクが着くまで八割は終わらせといてよね」



ピッと会話終了ボタンが押された。鶴の一声、もとい兄の一声で90度返答が変わったのは彼の世界が暁斗で出来ているからこそ成せる技だ。

これ以上揉め事は起きないだろうと司貴は早々にもとの定位置へと戻っている。暁斗を家から送り出す時間まであと30分。朝食の後片付けは今日も彼ではなく中津が行うことになるのだろう。彼がやらなければならない最優先事項は使用人の仕事ではなく暁斗のお付きなのである。

パタン、パタンと単調な音のみが部屋に響く。携帯の開閉を繰り返し、何かを言いたそうにしている弟に暁斗は疑問を持った。

珍しいこともあるものだ。彼は兄の暁斗に似て自分の言いたいことは大半ストレートに伝える質である。それなのに今の彼とくれば、まるで言ってはいけない事を言いたそうにしている子どものようだ。



「どうした乃暁」



弟を映すその瞳は柔らかく、先ほどの行為からする恐怖や距離は欠片もない。やはり乃暁は乃暁、なにをされても暁斗のたった1人の弟なのだ。



「……暁斗」

「あぁ」

「さっきのは…謝るよ。ボクが悪い訳じゃないけど、ごめん」

「…あぁ」



彼らしい謝り方に思わず苦笑混じりに返事をしてしまう。責任をなすりつけられた司貴も当然のことながら苦笑いを浮かべていた。



「……あとさ、」

「なんだ?」

「……もう、ソイツにキスするのやめてよね」

「あぁもちろ……なに?」



ついノリで答えてしまったが聞き捨てならない言葉が明らかに含まれていた。



「おい乃暁!今のはどういう…!」



部屋を去って行く弟の背中に呼びかけるが、彼が振り返ることはなく。焦燥感を感じながら司貴を見やれば彼も珍しく焦りを見せていた。



…気付かれている。



そう初めて気が付いた今日この頃の2人だった。







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