【1,入学式】







程良い長さで流れる髪。どちらかといえばつり目で中性的な瞳に、品良く整った鼻筋。そして真一文字にかたどられた柔らかそうな唇。一見不機嫌そうに見えなくもないそれが、王崎暁斗、彼のデフォルトだ。

"悪魔の子"と囁かれていた名残か彼はあまり喜哀楽を表に出さない。これでも少しは良くなった方で、昔は今より表情のレパートリーが少なかったと断言出来る。

少し珍しいこの名前には意味があり、父の"陽斗"と母の"暁(あき)"から一文字ずつ取った結果、暁斗はこの名前になったと聞く。ちなみに弟の名前は乃暁。"乃"が父親の名から取ったのかは聞いていないが、おそらくはそういうことなのだろう。

テラスを横切る際に空から聞こえる鳥のさえずりと桜吹雪。今日は晴れの入学式だ。学園内にはちらほら新入生とその保護者達が見受けられる。

この学園は日本でも有数の政令学園である。ずば抜けた学力があれば国から飛び級、つまりスキップも許されている特殊校。ゆえに新入生の中には高校生にも満たない幼い顔立ちの者も僅かながら混じっていた。

学力はクラスによるが、やがては高校の域を超え大学・大学院級になると言う。単位制の総合科であるゆえに様々な学力を必要とし、そのハードルは異様に高い。

無事入学出来たとしても正門以外の周囲一帯を外壁で覆っている為情報は見て取れず、年に一度発行される入学パンフからでしか学園の情報は入手出来ない。

ある意味神秘に満ちたその学園は壮大と言えるほど広く、幾数の校舎と渡り廊下が暁斗の前には広がっていた。



「……ここか」



1−B。暁斗が担当となるクラスだ。

広い学園には不可欠な地図付きの生徒手帳と睨み合い、ようやくこの教室舎へたどり着くことが出来た。

予備とはいえその手帳もずいぶんくたびれてしまっている。それもこれもこの広すぎる学園が悪い。自分の親が創った学園とはいえこの広さは悪趣味に近い仕打ちだ。

Yシャツの襟元を正し、アルミ製のスライドドアに手をかける。教師らしい服装をと心掛けた結果、暁斗は黒のスーツをこの日の為に仕立てていた。体のラインが綺麗に映え、無駄のないシルエットが彼を包む。



──ガララララ。



教室に脚を踏み込む。やたらとざわつく新入生達。無理もない。担任がこのような美形であれば誰もが驚き興奮するものだ。

入学式で担任紹介は済まされている。しかし暁斗は確認の為、もう一度己の自己紹介をしようと黒板にチョークを滑らせた。

ざわつく教室に響く力強いチョーク音。自分の名前を書き上げると今日から受け持ちとなる生徒達に向き直り、一言。



「私が今日からおまえ達の担任となる、王崎暁斗だ」



良く通る、低すぎるも高すぎることもない耳障りの良い声。そのどこか説得力のある声に当てられ、生徒達は一瞬にして押し黙った。

ざわめきが無くなり、この教室だけが異空間になったかのように思える。暁斗の瞳が教室中を見回す。1人1人の生徒を見つめ全ての顔を記憶しているのだ。



「私はおまえ達が初めての受け持ちだ。なにか至らないことがあるかも知れないが、その時は心に溜めず直接私に話してくれ。解決するよう最善を尽くす」



自己紹介を終え、暁斗は机に置いてあった生徒名簿と席順表を流し見た。すぐさま目標の名前を見つけると、その名を口にする。



「都筑」

「は、はいっ」



他の生徒と大幅に体格差のある最年少だろう少年がボーイソプラノを緊張に震わせ、立ち上がる。真っ直ぐに見つめられ、学力とは違う年相応の怯えを見せるその少年の名は、都筑煉(つづきれん)。

心拍数が上がる。何を言われるか分からない恐怖。そしてこんな綺麗な男の人を見たことがない彼は、その胸に密かな憧れを秘めようとしていた。

周りも他人事であれこの空気の中では緊張する。どこからか息を飲む気配がした。しかし暁斗はそのことに気付くこともなく、一拍置くと続きを述べて。



「贔屓ではないが、おまえは流石に大変だろう。周りについて行けなくなった時は遠慮なく私に言ってくれ」

「あ…」



少年の顔からは怯えが消えていた。変わりに浮かんだ朱は、淡い初恋に堕ちた証でもある。

暁斗の不器用なりの優しさに生徒達の気が一斉に緩んだ。一同の心に安心と僅かな信頼が芽生える。まだ一言二言しか聞いていないがこの担任だったら安心だと無意識に感じ取ったようだ。



「今から生徒手帳と学園手引きを配る。手帳の名前が間違っていないか確認した後、間違っている者はすぐに私へ報告するように」



最前列に縦一列分の配布物を配って行く。出席番号順に配置された左から二番目の最前席が都筑の席であるが、その手は暁斗から配布物をもらう際、緊張で微かに震えていた。



「今日はこれで終わりだが、明日からは授業だ。寝坊せず必ず出席すること。最後に、出席番号1番の朝日(あさひ)。おまえはこの後職員室に向かい明日の説明を受けろ。武中という学年主任の方が明日のレクリエーションを担当しているそうだ。…以上、HRを終了する」



そう断言すると1−Bの担任、王崎暁斗は威風堂々と教室を出て行く。それを合図に再びざわめき始める教室内。先ほどの少年、都筑は未だに衝撃を受けたまま放心状態だった。

胸の鼓動が収まらず、頭がボーっとして考えることすら身にならない。

…王崎、暁斗先生。

黒板に刻まれた滑らかな字を見つめる。教卓には彼のスーツから落ちただろう桜の花びらが儚く揺れ動いていた。








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