【24,騒がしい朝が来た】







「じゃあ…司貴さんが先生の恋人ってこともないんだ…」

「…?なんて言ったんだ?小さくて聞き取れなかった」

「あ、いえ、気にしないでください。じゃあもう切りますね」

「あ、あぁ」



早々に電話が切り上げられた。受話器越しに通話終了の電子音が聞こえる。

最後の方、都筑が何か言っていたが急に声が小さくなり聞き取れなかった。まぁ気にするなと言っていたのだ、さほど気にする内容ではないのだろう。

それより次は司貴に事の次第を伝えなければ。おそらく彼は中津と共に使用人へ指示を出しているか、いったん自室へ戻り服を着替えるなどして身だしなみを整えているかのどちらかだろう。暁斗の部屋に朝食が届いていないということは後者である確率が高い。

部屋にいることを願って再び電話の受話器を握る。かける先は司貴の部屋の内線だ。彼ならすぐ電話に出てくれるはず。



「はい」

「私だ、司貴」

「暁斗。どうしました?まだ何か問題が残って…」



やはり司貴、勘が鋭い。話が早いとすぐに事情を伝えれば彼は快く引き受けてくれた。

都筑とは違い彼の声に不安定な音はない。男として羨ましくなるような耳に心地の良い大人のバリトン。時折混じる低音が腰に響き、かえって癖があり覚えやすくもある。

それにしても、声が近い。おそらく肩に受話器を当て何か別のことを他でしているのだろう。次期執事長は大変である。



「じゃあ俺は煉のところへ向かいます。朝食は別の者に行かせて構いませんね?」

「あぁ。おまえがコーヒーを別に用意しておくなら構わない」

「わかりました。暁斗の要望とあらば先にコーヒーを淹れて煉のところへ向かいます。あぁでもコーヒーが冷めていたからと言って文句は言わないように」

「わかっている。冷めていてもおまえが淹れたものだったら気にしないから安心しろ」



そう手早く会話を済ませると、受話器をもとの位置に戻す。これで問題は解決した。あとは暁斗個人の支度のみだ。

まずはシャワーを浴びようとバスルームへ向かう。しかしその脱衣所で服を脱ごうとしている最中、なんとも言えないタイミングでどこからか毎朝恒例の言い争いが聞こえ始めた。


中津と乃暁。今日も今日とて2人の会話は温度差が激しい。互いが互いに両極端だからこそ余計そう思えるのだろう。



「じゃあ何、キミは兄弟で朝の挨拶しちゃいけないって言うの」

「あなた様の場合挨拶だけではお済みにならないので私は進言しているのです!」

「ボクがどんな挨拶するかはボクの自由でしょ。それにそこまで世話焼かれると、かえってウザいよ、キミ」

「う、うざ…!?」



中津が乃暁の真ん中どストレートな言葉に傷心したのが遠く離れていても分かる。あの乃暁を止められるのは自分しかいない。だが最悪の事態でストッパーとなる司貴が居ない今、暁斗のみで果たして彼の相手が務まるだろうか…。

昨日の朝を思い出し、暁斗は無意識に首を振った。


乃暁は乃暁、意識していったいどうなるというんだ。



「暁斗、いるんでしょ?早く出て来なよ」

「乃暁様!断りもなく部屋に入るのはいただけませんぞ!」



いつの間にか声は室内で響いていた。仕方なく暁斗は2人の前に姿を現す。



その瞬間なぜか中津が固まり、しばらくして天を仰いだ。



そのままバタンと派手な音を立てて老体が背中から倒れ込む。



「な、中津!?なぜ気を失った!」

「…暁斗って時々無防備だよね」

「無防備?いったいなんのことだ?私は至って普段通りだが…」

「うん。いいんじゃない?暁斗らしいし、別に構わないよ」



珍しく乃暁がこちらを真っ直ぐ見つめて来ない。その視線は一点に留まるどころか暁斗の様々な所へ目を走らせていた。

主に上半身。訳が分からず首を傾げるが、床に転がっている中津が僅かに唸り、そういえば気を失っていたなと慌てて彼に呼び掛ける。



「おい、大丈夫か中津っ」

「ホント、勝手に倒れてイイ迷惑だよね。ねぇ暁斗、コレ蹴ってい?」

「だ、ダメに決まっているだろう!こいつは気を失っているんだぞ!とにかく、安静な場所に移さなくては…そうか、ベッドだな!少し手荒だが耐えてくれ中津…!」



彼の脇に腕を入れ上体を持ち上げる。そのままベッド端までズルズルと引きずり、彼を持ち上げる手前で暁斗はハッとした。

この前事情を知らなかった都筑を抱き上げて失敗したばかりなのだ。今また中津を軽々と持ち上げれば乃暁に不審がられてしまう。

それならばと彼に目をやるが、彼は彼で何やら考え込んでいるようだ。暁斗に聞こえない程度に小さく呟きを漏らしている。



「ふーん…昔から綺麗だったけど、よく見ると色気も付いてきたじゃん。…まぁ、バランスもイイし、悪くないね」

「乃暁、すまないが手を貸してくれ。こいつをベッドに上げたい」

「…いいよ。暁斗がそこまで言うなら」



2人がかりで中津をベッドに放り投げる。柔らかくて広大なベッドに彼が埋まったのを確認して、ようやく暁斗は本題に入れた。



「ところで乃暁。今日はいったいなんのようだ?」

「うん。いつもの通り朝の挨拶と暁斗の顔を見に。でもボクはそろそろ部屋に戻るから暁斗も早くシャワー浴びて体温めなよ」

「あぁ、実はおまえが来る前に入ろうとしていたんだ」

「知ってる。見て分かるし」

「…?そうか」



今日は珍しく機嫌が良いようだ。中津や司貴が彼を追い出す前に乃暁自ら自室に戻ろうとしている。

じゃあね、暁斗。

そう言って去って行った弟の背に暁斗はほんわかとした気持ちになっていた。



「成長したな…、乃暁」



弟の成長に喜びを隠せない暁斗。思わずそう呟くと、彼のアドバイス通りシャワールームへ直行する。流石に上半身脱ぎかけなのは今さらながらに冷えると感じたのだ。

熱めのシャワーを浴びる最中、その部屋でうんうんと唸っている現執事長。彼が目覚めた時は時すでに遅く、2人の主は仕事に出掛けていたという。









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