【15,突撃お宅訪問】






王崎家正門内にて。車から降りた都筑は文字通りポカンと口を開いていた。

見上げる先にはしっかりとした造りの大豪邸。左右に目を走らせようともその幅は計り知れない。

一代にして会社を23社、学園を1つ建てたあの王崎陽斗の自宅だ。これくらい予想は出来ていたが実物はそれを遥かに上回る大きさだった。

正門からここ玄関まで、おそらく徒歩で5分はかかる。車で敷地内を走ること自体驚愕でもあるが、これならあの学園が異常に広いのも納得出来た。

学園の至る所にあった置物や壺の類はどうやら本物らしい。眞壁辺りが何かやらかしてしまいそうで都筑はなんとなく寒気を抱いた。考えれば考えるほど、ありえそうで怖いのだ。



「なにをしている都筑。見ていてもなにも面白いことは起きないぞ」



車を駐車しに行った為司貴はここにいない。ゆえにこの声の主はこの大豪邸の現主、暁斗だった。

家の内部に入る為すでに玄関の方へと歩いていた彼。その言葉に慌てて後を追えば、彼の目の前で二面ドアが自動ドアとして開け放たれた。



「お帰りなさいませ暁斗様」



中では十を行く使用人達が暁斗の帰りを待ち望んでいた。まるで打ち合わせをしていたかのように声を揃えて主の帰りをもてなす。

玄関だろうそこは2階まで天井が吹き抜けており、中央の通路とは別にその上で2階への階段が左右に伸びている。

赤や金などの派手な色がメイン色でないことが唯一ここが自宅であると思わせる点だ。悪く言えばそれしか平凡ではないということだが。

漫画や映画のようなその光景に都筑は思わず頬を引きつらせていた。彼もどちらかというと一般より裕福な家ではあるが、これじゃあ次元が違うとなんとも言えない気分に陥る。

そんな彼を尻目に暁斗は平然と目の前のそれに対応していた。一番近くにいた老執事に荷物を預けると、その中央を慣れたように進んで行く。



「中津。出迎えは必要ないといつも言っている」

「しかし暁斗様、これが私達めの数少ない楽しみなのでごさいます。本日も暁斗様のご帰還を今か今かと心待ちに、」

「わかった。わかったから、せめて人数を減らしてくれ。頼む」



どうやら彼の話しは長くなるようだ。早々に区切らせると大家主暁斗は都筑に振り向いて。



「おまえ達、こいつは今日ここに泊まる予定の、都筑煉だ。詳しくは司貴が知っている。とりあえず今は部屋とそれに次ぐものを用意してやれ」



使用人全てがその言葉に「かしこまりました」と返事をした。その上で中津が不思議そうに尋ねて来る。



「はて、暁斗様。彼のような年少の方と交友はありましたでしょうか?」

「あぁ。…私の生徒だ」



ズバリ突いて来た質問に短く返すと足早に自室へと去る。階段を登って行ったその背中に一礼して見送る老執事。実は理解しきれていないようで、見事に生え揃った白髭を撫でては、「生徒ですと?」と呟いている。



「煉様」



1人の使用人が都筑に声をかけた。それを合図に数人の使用人が瞬く間に彼を取り囲む。



「お荷物をお持ちいたします」

「煉様、ジャケットをお持ちいたします」

「お飲み物はいかがなさいますか?煉様」

「煉様、ご夕食は暁斗様とご一緒になされますか?」



煉様煉様と呼ばれ慣れない"様"付けが四方八方から飛び出す。齢12歳の都筑がそれに混乱していると、後方から聞き慣れた声が助け舟を出してくれた。



「過度なもてなしもほどほどに。客人を混乱させては元も子もないだろう」



ようやく追いついた次期執事長九影司貴の言葉にその場にいた全員が慌てて都筑の顔色を窺う。皆の視線が顔に突き刺さり、混乱を押し隠そうと咄嗟に愛想笑い。



「あ、あは、あはははは…。えっと…荷物、お願いしてもいい?…ですか?」



様付けで呼ばれてはいるが敬語を外す度胸は持てず、なんとも中途半端な話し方をしてしまった。しかしそれが逆に場を和ませたらしく、緊張の緩んだ使用人達によって都筑は再び揉みくちゃにされていた。

行き過ぎた至れり尽くせりに司貴が苦笑をこぼしている。この家の使用人は誰もが極度の世話好きだ。中津を筆頭に"客人は手厚くもてなす"がモットーとなっている。その為こんな程度はまだまだ序の口、最悪入浴時にまで押し入って世話を焼きたがるから注意が必要だ。



「お疲れさま」



使用人達がそれぞれの仕事へ解散した頃。ようやく群れから解放された都筑に謝罪と慰めの意味も込め声をかける。

身ぐるみを剥がされたかのようにフラフラと目を回す彼。その手にはあったはずの鞄が見当たらず、同じく指定のブレザーとタイリボンも姿が見えない。もちろんそれらは使用人の手によってとっくのとうに運び込まれていた。

ちなみに細かいところまで見るとシャツのボタンが第二まで開けられている。すでに寛げるような状態にされているところは流石といったところだろう。



「す…すごい迫力…。もしかしてここの人達ってみんな…」

「世話好きですね、だいたいは。用心しないと最悪裸を見られるかも」

「裸!?」

「そう、裸。風呂の際は遠慮しないできっちり断りを入れること。じゃないと背中はもちろん"前"まで流されちゃうから注意してください」

「うわぁ…」



思わず目が遠くなる。言われなければ都筑はきっと彼らに大事なところを見られていただろう。

使用人を代表してその場に残っていた中津が気まずそうに咳払いをした。彼こそがその加害者なのである。餌食となった被害者は数知れず。彼に悪気がないことが唯一の救いでもある。



「煉様。リビングへご案内致しますじゃ」



どうぞこちらへ。そう促され都筑は案内に従うことにした。階段下の中央通路を通り、幅の広い廊下を彼を先頭に歩いて行く。

床には延々と絨毯が敷かれ、照明は数メートル置きにシャンデリア。靴は脱がないスタイルらしく、都筑の革靴が絨毯を踏むたび柔らかいそれに優しく包み込まれる。

学園で見たような壺や剥製などの調度品を景色のように流しながら、ふと視界に入った大きな肖像画に都筑は興味を抱いた。

隣同士に描かれた男女のそれ。片方は人懐っこい笑みを浮かべた若い男の立ち絵。そして都筑が気になったのはその男の前で座る小柄な女性の姿である。



「…気になりますか?」



歩く速度を落とし見入っていた都筑に司貴が悪戯っぽく尋ねて来る。肖像画に意識を奪われていた都筑はその言葉にハッと我に返った。



「あ…、うん。……あの人達は?」

「煉は誰だと思います?」

「……僕は…」



再び肖像画を見つめる。豪華なイスに座りながらもどこか不服そうに佇むその女性。男の手が肩に置かれていることが気にくわないのか、はたまた着せられたドレスが趣味に合わなかったのか。どちらにしろ肖像画に描かれていい表情ではない。

どこかで見たような、それでいてなかなかピンと来ないこのジレンマ。完全に足を止めた2人に気付き、数メートル先から中津が戻って来た。2人の視線を追い、「おぉ」と声を漏らす。



「ご紹介しておりませんでしたな。この方々こそが現王崎家を築き上げ我らに暁斗様を授けてくださった恩方、王崎陽斗(はると)様と暁(あき)様でごさいます」



そこでようやくピンと来た。確かに2つの肖像画を上手く組み合わせれば暁斗の面影が頭に浮かぶ。そして妙に女性の方が気になったのはその雰囲気が限りなく暁斗に似ているからだ。

男の表情とは対照的に唇は真一文字に結ばれている。目元はつり目だが愛らしく、笑えば誰しもが可愛いと思うのにその表情は至ってクールで。それが都筑の持つ暁斗の印象に酷似しているから、あんなに目を奪われたのだろう。

暁斗は目元がどちらかというと父親に似ている。その他はだいたい母親似で。暁斗を中性的に見せている原因はその母親似であることを都筑は悟った。



「先生の……ご両親…」



肖像画の2人を目に焼き付ける。彼らがいて初めて暁斗はこの世に生を成した。それを思えばなんとなく感謝の気持ちが浮かんで来る。特に王崎陽斗。彼が学園を創立していなければ暁斗と都筑は一生巡り会うことはなかったのだろう。



「暁斗は母親似なんですよ。性格もそのままで、むしろ生き写しに近いかな。だから君はあれが気になったんだと思います」

「性格も…?」

「とても気丈な女性でした。3つの頃から私めはお目にかかっておりましたが、私の知る限りではお泣きになったことは一度のみです」



彼が言うには王崎陽斗が一目惚れをし猛烈なアタックをして嫁となったのが暁だそうだ。幼稚園の頃から知る幼なじみで、年長だった陽斗が僅か3才の暁に数十万の指輪でプロポーズしたことは今もその園内で伝説となっているらしい。

中津はその頃から陽斗に仕えていた。まだその頃は王崎家も財は小さく、使用人も彼1人だったのだが…。

まさかここまで成長するとは中津も思っていなかったようだ。それほどまでに陽斗を突き動かしたのは常にクールな暁の存在があってこそだと言う。

彼女が怒れば3日間。彼女が微笑めば1週間寝ずに働ける。それくらいに陽斗は暁にゾッコン(死語)だった。

それもある事件を境に妻の名を呼ぶ彼の声は途絶えてしまった。暁斗が生まれたその日を境にこの家で彼の声が響くことはなくなったのである。



「…陽斗様がお亡くなりになったその夜、私めは目撃してしまったのです。出産でさえ涙を流さなかったあの暁様が、産まれたばかりの暁斗様をお抱きになり部屋で静かに涙を流しているお姿を」



長話の末中津の瞳には涙が浮かんでいた。その話しに都筑も思わずもらい泣きしそうになる。ツンとする鼻を啜り、涙を堪えては明るいトーンで話しを変えようと努めた。



「でもっ、中津さんは今幸せなんでしょう?」

「…そうでごさいますね。お二人が遺してくださった子宝さえご無事であれば、私めはすぐにでも天へと旅立てる気が致します」

「こらこら旅立たない旅立たない。俺にはまだあなたに教えてもらいたいことが山ほどありますから」



陽斗と暁を追って本当に今すぐ旅立ちそうな彼に司貴が慌てて歯止めをかける。執事としての恩師が旅立てば彼としてもこの王崎家としても多大なるショックが待ち受けているはずだ。

彼が亡くなればいったい誰が使用人達を先導出来るだろう。司貴は常に家に居られる訳じゃなく、使用人の仕事よりも暁斗の執事を最優先にしている。その為次期執事長の司貴が屋敷にいない間は常に彼、中津が使用人達を束ねているのだ。



「ほっほっほ。この老骨、まだまだ死には致しませんぞ。若造には教えなくてはならないことが星の数ほど残っておりますからな」



若造と呼ばれ司貴が複雑そうに苦笑した。彼の年からすれば司貴でも未熟な若造なのだ。

話が一段落したところで一行は再び歩き始める。部屋である扉を何個も素通りして行くうちに一瞬にして開けた場所に彼らは出た。

ここが王崎家の憩いの間、兼応接間となる120畳のリビングである。



「広っ!」



思わず声に出して訴える。都筑の目の前にはそうせざるをえないような光景が悠然と広がっていた。

20人掛けは出来るだろうダイニングテーブルと、そこから少々離れた所にはこれまた長い、…長すぎるソファーが3対。備え付けられたローテーブルも同様に長く、全てがオーダーメイドだと分かる造りだった。

照明もシャンデリアが数多く吊されており、高い天井を利用してその比は伊達じゃないほど、デカい。

新鮮かつ素直な反応に中津が「ほっほ」と笑いを上げている。普段この家を訪ねる者はそれなりに財のある者だ。その為長年執事をしていた中津にとって彼の反応は好印象だったらしい。気分良さげに都筑をソファーへと誘導して行く。







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