【12,Just a knight】
レクリエーションを終え帰りのHRを済ませた生徒達が各々の自宅へ足を運ぶ。自転車や電車、徒歩や迎車など、帰る手段は様々だがおそらく帰りに寄り道をする者は少ないだろう。
この学園の特徴は偏差値がずば抜けて高いことにある。入学する生徒達は皆少なからず勉強熱心で、真っ直ぐ帰っては明日の予習や習い事、家によっては親の事業を手伝ったりと勉学に励む者が大半を占めている。さらには登校2日間連日午前授業ということもあり、まだ親しい関係を持つクラスメイトが現れない生徒も多い。寄り道を共にする者がいなければ真っ直ぐに帰ることがおかしいことではないはずだ。
「マジでかー…!」
1−B教室を最後に出た3人組みのうち1人が、その道中気の抜けた声を長い廊下の天井へと打ち上げていた。
スポーツバックを斜めがけし、まだ肌寒い4月だというのにブレザーを羽織らずYシャツにベストのみを着用している男子生徒。
そう、眞壁一輝だ。
「あぁマジだ。だからあれは私たちに危害を加えるつもりではなく、単に脅かしに来ただけらしい」
あの場にいた目撃者眞壁を誤魔化す為暁斗と都筑が考えた案。それは、異界種を特撮ヒーロー物の敵役とすることだった。
あの時間帯は特撮の撮影が極秘であり、その休憩中にばったり遭遇したという訳だ。
異界種の身体能力もスタントマンなら多少無理はあるが頷ける。若干体が透けていたことも特殊メイクを駆使したというならば無理はありすぎるが辛うじて頷ける。頭上を跳ばれた眞壁に対してはそれぐらいしか言い訳を思いつかなかったのだ。若手教師と天才少年が縋るのはもはや彼が騙されるだろう運のみである。
そして眞壁は運良くも騙されてくれた。
「そっかー……特撮かー…!」
頭上を跳ばれたことを思い出しているのかその声はどこか嬉しそうだ。スポーツバックを腰の上でポンポンと跳ねさせている。こいつが単純で良かったと暁斗と都筑はこっそり思った。
どうやら他に目撃者もなく、生徒はもちろん教師を含め誰1人として怪我をする者はいなかった。校内が広過ぎるがゆえに遭遇率も低く済んでいたようだ。
初めてこのだだっ広い学園に感謝する。おそらくこの感謝もこれっきりのはずだ。異界種に追われ暁斗達は大半の時間を逃げ回っていた。もちろん道など覚える余裕はなく、レクリエーションは異界種という名の鬼と本物の鬼ごっこをして終わった印象でしかない。
「そういや先生、鬼ごっこオレらのクラスが勝ったけど褒美ってほんとにくれんの?」
キラキラと瞳を輝かせ暁斗を見てくる彼。どうやら食欲旺盛なタイプのようだ。餌付けに引っかかりそうな顔をしている。
レクリエーションで行われた鬼ごっこは1−Bクラスの優勝で無事幕を閉じていた。生き残りの数が他クラスより4人ほど多かったらしい。
ちなみに眞壁は暁斗達を探す途中鬼とその囚人達の大群に遭遇し泣く泣く捕まっていた。何をするにも格好のつかない男である。
「……なんとかする」
鬼ごっこが終わり、レクリエーション最後の発表で暁斗はようやく気付いたことがある。自分達のクラスが勝つも他のクラスが勝つも、優勝品であるデザートを配らなければいけないことに変わりはないということだ。
…最終手段を使うしかないか。
クラス分のデザートを忙しい間際で頼まれた彼の顔が脳裏に浮かぶ。きっと訳が分からず困ったように笑いながらも、彼のことだ、快く引き受けてくれることだろう。
そろそろ暁斗も料理の1つぐらい覚えてはいい時期にある。時間があれば彼に教えてもらうべきか。…素質があるかどうかは置いといての話だが。
「あ、そうだ」
ふと何か思い出したように都筑が声を上げた。
「一輝、バンドエイド」
「バン…?お、ああ忘れてた!あーっと……どこだっけなー…」
バックの前ポケットを手探りで探している。その間も一行は足を進めているが、長い廊下に先は見えない。
「お?あったあった、これだこれ」
バンドエイドの写真が丸々と映ったそのパッケージ。どうやら彼は箱ごとまとめて持ち歩いているようだ。どれだけ怪我が絶えないのか。それとも単に小分けして持ち運ぶのが面倒なだけか。
「へへっ。オレ、バンソーコー貼るの得意なんだぜ?さぁ先生!オレにほっぺを、」
「貸して。先生、少しかがんでください」
「ああ!オレの大一番!」
目の前で繰り広げられるコントのような光景に思わず呆れた笑みを浮かべる。言われた通りに前かがみになると、右頬の傷に都筑の指が触れた。
すでに傷は塞がり、治りかけている。都筑達がその傷を見た時は血が流れ痛みがありそうなものだった。だからこそ2人は暁斗の心配をしてくれていたのだが…今のこれは傷ではなくただの治りかけの傷跡にしか見えない。
不可思議に近い暁斗の治癒力。しかし都筑は何も言わずに彼の頬へバンドエイドを貼り付けていた。暁斗の視線を間近に受け、何もかもわかっていますと言うようなアイコンタクト。彼は昨日今日であれだけの大事に巻き込まれている。これくらいのことではもう驚かないということだろう。
右頬に貼られたバンドエイド。それだけが妙に目立つのは暁斗の顔が整っているからか。柄がついていなくともバンドエイドとの相性は悪いようだ。
「なぁ先生。先生ってさ、怪我の治りすげぇ早ぇよな」
ふと思ったことを何の迷いもなく口にする。そのストレートな発言に暁斗ではなく都筑の方が大きく反応してしまった。ギクリと顔を強ばらせ、暁斗の対応を盗み見る。
「…あぁ。昔から早い方だな。だからだろう、怪我をした時は治りが早くて助かる」
「へぇー、いーなそれ。オレもよく怪我すっからさ、早く治れーって毎晩念じてんだ。これが結構効くっつーか……なぁ先生、その秘訣オレにだけこっそり教えてくんねぇ?頼む!生徒の為だと思って!」
両手を合わせ懇願する様子からして、よほど怪我が絶えないのだろう。水泳をしているからなおさら小さな傷などが染みる訳だ。
「…そこまで言うなら教えてやる」
答えようと口を開く彼。まさか本当のことを言う気なんじゃ。焦る都筑とは裏腹にその表情は普段と変わらない凛とした表情。
「秘訣はだな、」
「ひ、秘訣は…?」
ゴクリと眞壁が息を飲む。
…その一拍後。
「司貴のコーヒーを毎日飲むことだ」
「シキ!?どなたっ!?」
したり顔で言ってのけた誤魔化しに眞壁が声を裏返し混乱する。一瞬にして緩んだ緊張感に都筑は思わず吹き出していた。
"基なる魂"の力により暁斗の体には突飛した身体能力が備わっている。もちろん力を発動していない今のような時でもその効果は滲み出ている。その例の1つとして挙げられるのがこの早い治癒力だ。一般人と比べれば他にも多くの違いを見つけることが出来る。都筑を苦もなく持ち上げたあの怪力ももちろんその1つである。
"基なる魂"から力を授かったのならその効果は都筑にも必ず現れる。そのことを1から説明する為にも暁斗は都筑と2人きりになって話をする必要がありそうだ。人間は自分が普通ではないと知った際、信じられないほどの恐怖を覚えるというからなおさらである。
「都筑。そういえばおまえに予備の生徒手帳を渡していなかったな」
「え?でも今持ってるのを使えば…、」
懐から誤字印刷された手帳を出そうとして、止めた。彼は暁斗の目配せに気付いたらしく、眞壁に一度目をやると機転を利かしてはその場を見事に誤魔化して行く。
「あ、そっか、先生に朝渡してたんだっけ」
「なんだなんだ?何の話?」
「あれ?一輝には言ってなかった?僕の生徒手帳名前のところ間違って印刷されてたんだ。だから先生に新しく発行してもらおうと思って」
「あー、よくあるよな、それ。オレも眞壁の"眞"、結構な確率で間違えられるぜ」
「お互い名前に紛らわしいところがあるからね。…先生、ちなみに予備っていつもらえます?」
とても12才とは思えない回転の早さ。内心感服しながらも暁斗はその流れに乗ることにした。
人の介入なく2人きりになれる場所。それはあそこが適任だと自分の教務室の風景を思い浮かべる。
「今なら渡せるが、教務室へは来られるか?」
「今日は用事もないですから大丈夫です。一輝、先帰ってていいよ。僕1人で充分だから」
「んぁ?そーか?…じゃ、オレは先に帰んな」
作戦は見事に成功した。
「煉、先生、また明日なー!」と大きく手を振り眞壁が廊下を駆けて行く。
余計な勘ぐりをせず真っ直ぐに育った人間などそうそういない。都筑は本当にいい友達を作れたようだ。
…これからも今のように騙してしまうかもしれないが彼なら傷付けずに済むはずである。
「いい友人を作ったな、都筑」
「ちょっと"走る"とこがたまに傷ですけどね」
体育会系だから仕方ないにしてもいったいどうやってこの学校に入ってこれたのか不思議でしょうがない。が、今はそれよりも考えなければいけない大事なことがある。
「先生」
暁斗を見上げる2つの瞳。その瞳には真実を受け止めようとする強い力が宿っていた。
覚悟はある。そのことを改めて確認すると、暁斗は教務室への道のりを歩み始めた。
「行くぞ」
"ついて来い"ではなく、"行くぞ"。それは命令ではなく相手の意志を考えた暁斗なりの一言。
それが彼を認めた証でもあることに都筑はまだ気付いていない。出会って2日の2人にはまだまだ通じ合わない距離があるのだった。
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