【9,鬼ごっことキス】






学園内全てが範囲という見るからに難易度の高い鬼ごっこ。初めは納得いかない暁斗であったが、とりあえずその目的とも言える学園内の把握を優先することにした。

教室舎を離れ、中庭を2つほど通り体育館の裏を歩く。生徒達も散り散りになっているのだろう。おまけに鬼ごっこということもあって辺りはやけに静かだ。


……それにしても、広い。


これなら教室舎から一番離れた場所へ逃げれば時間内に見つかる確率は格段に減るだろう。ここはあのふざけた優勝品を阻止する為にも暁斗自身クラスのポイントとなるべきだ。

コーヒーはおろか手料理さえ試したことがない暁斗にデザートなんて高度な料理作れる訳がない。さらにはそんなおっかなびっくりのデザートを生徒に食べさせるなんて言語道断。やはりここは阻止するしか道はないだろう。

手作りという指定はなかったのでデザートなら市販のものでも構わない。そういう思考は暁斗の中にひと欠片もなかった。毎日手の込んだ手料理を食しているのだ。そう考えてしまうのもある意味仕方のないことである。

万が一作らなければいけなくなった場合、最終手段として司貴を使う予定だ。彼に作らせればなんでも美味しく出来上がる。そう、ゆえにクラス分のデザートなんてお手の物なのだ。



「!」



色々策を練りながら歩いていると前方で"界"に歪みが起きていることに気付く。


まさか、そんなはずは…!


この現象は"異界種"がこの世界に現れる時のもの。しかし肝心なことにソレは暁斗の周りで生物の活動が鎮静化している深夜帯にしか起きることはなかった。暁斗が生まれてこの方、いや、正しく言えば昨日までは、その法則が破られることはなかったというのに。

昨日異界種は夕方と深夜の二度に渡り暁斗の前に姿を現した。それはただの間違いであると信じたかったが、今日もまたこうして時間帯を無視して現れている。昨日のあれは夢でも間違いでもなかったのだ。

界の歪みから現れた異界種は全部で3体。状況は最悪なことにその3体全ての視線がこちらに向けられている。


……まずい、司貴は今ここに…。


いないのだ。朝の会話通り彼は暁斗の帰宅時間まで家で待機している。学園に来るとしても早くて3時。執務を終え校門へ迎えに来るその時間では今のこの状況には到底間に合わない。



「キェキェキェキェー!」

「キェキィー!」



口々に奇声を発し異界種が暁斗めがけて襲いかかる。3体まとめては分が悪い。そう判断した暁斗はその場からすぐさま駆け出した。1体ずつ"消して"行くしか相手に勝る手はないのだ。

駆ける最中、僅かな瞬間瞳を閉じる。次の瞬間暁斗の瞳にはあの黄金が輝いていた。この黄金こそが、彼が奴らに付け狙われる原因でもあった。

そう、彼は普通の人間ではない。正確に言うと普通の"魂"を持つ人間ではないということで。





この地球が生まれる遥か昔のそのまた昔。人間が言う宇宙が生まれるその時に同じくしてひとつの魂がこの世に生まれた。全ての魂の基となった始まりの魂、"基なる魂"の誕生である。

最古に生まれたその魂は己の魂を元にさらに2つの魂を作り出した。同じ輝きを持ったその魂も同じくして他の魂を作り、そのまた魂も他の魂を作りといつしか世界には魂が溢れかえるほどとなっていた。

人は言う。宇宙には目に見えない物質が96%あり、23%の暗黒物質(重力)と73%の暗黒エネルギー(宇宙膨張)が存在すると。

未だにその2つが何なのかは解明されていない。しかし今の話を聞けばそれはすぐに解明されるはずだ。

23%の暗黒物質。それは大量に増加した魂の重さであり、73%の暗黒エネルギーはその有り余った"よりしろ"の持たない魂の存在を示す。生物や物に魂は宿っていると言われるが、それは幸運にも"よりしろ"を手に入れたごく一部でしかないのだ。

宇宙が膨張、つまり魂で飽和状態となった世界を見て"基なる魂"が次に起こした行動は新たなる世界を自ら作り出すことだった。界を歪ませては自らが作った始めの2つの魂をその狭間へ送り込む。

そして世界は"基なる魂"が存在する神界を始め、地界、天界と3つに数を成した。神というに相応しい魂が生きる世界、神界。そこで今を生きているのが暁斗達人類だ。

しかし魂であっても時を重ねるごとに太古の記憶は薄れて行く。その例として自らを作り出した神界に対し1つの世界が敵対を始めた。

天か地か、どちらが敵対しているかは分からない。ただ界を越え、その世界を…"基なる魂"を消し去ろうと企んでいることに変わりなかった。

界を越え魂を宿すモノを総称して異界種と呼ぶ。しかしソレは無理やり界を歪ませ侵攻した結果、原型を留めておらずよりしろを失った魂の残骸に等しい。

また、魂は界を越えてもなお生きることが可能だ。不完全なよりしろに宿ったまま、奴らは"基なる魂"を求め襲い掛かる。

世界で唯一である始まりの魂が失われたその時、世界は核を失い一瞬にして消滅するだろう。だからこそ"基なる魂"は分身を増やし、自らの身を本能的に守ろうとしていたのだ。

今はそれが仇となりこの世界は他の世界に侵攻されつつある。しかしただ侵攻される訳ではないのもまた事実。自らの分身である他の魂に再び魂の一部を分け与え、力を与える。そうしてその魂に自らを守らせることで"基なる魂"は侵攻に歯止めをかけていた。

遥か昔には小さな微生物をよりしろにして存在していた"基なる魂"。それが現在では人類、王崎暁斗というよりしろをもとに他の世界からの侵攻をはねのけている。その彼の魂から力を分け与えられている魂こそがあの九影司貴の魂なのだ。





「……」



異界種2体を撒き、残りの1体を校舎の影から待ち伏せする。息を潜め、異界種が通るだろうその瞬間を待ち武器を構えた。

その双剣は彼の魂が成した武器だ。生まれついた攻撃性を具現化出来る力が"基なる魂"にはある。そして力を分け与えた司貴にも同じくしてその力が備わっていた。ちなみに彼の武器は長剣。その魂に相応しい、最もスタンダードで無駄のない攻撃性だ。



「…キィエェェー!」



異界種が姿を見せた次の瞬間、暁斗の持っていた双剣がその影に走る。胴体を対角線上に斬り捨てれば異界種は最後の悲鳴を上げ塵と化した。

この塵はよりしろの残骸だ。そして魂はというと"基なる魂"の一部として彼の体に取り込まれる。そう、あるべきところへ還ったという訳だ。

体に生命1つ分の魂が宿り、それを葬った事実に人知れず顔を歪ませる。相手を消さなければこちらが殺られてしまう。生きる為には、世界を保つ為には避けられないことだが、辛さをまったく感じないほど暁斗は割り切れていなかった。



「キィー!」

「!」



校舎の上から降って来たもう1体を避け前転の途中で受け身を取る。魂は1つ1つ輝きを持つが暁斗の魂はその輝きが桁違いに強く、それはよりしろにも影響を及ぼしていた。人間には到底ありえない身体能力が暁斗の体には備えられている。よりしろは常に魂と共にある。それゆえよりしろにも力を授けているのだろう。

全ては、世界の核である自身が滅びない為に。



「キェキェキィー!」



異界種は全て人型に影を成している。つまり送り込まれているのがもとは人間だった訳であり、他の世界がこの世界、神界と同じく高度に発達していることが証明出来た。

人間にはもちろん感情があり、目の前で仲間が死ねば怒り狂うのが当然だ。だからだろう、この異界種も仲間が殺されたことによっていつにもまして攻撃的になっている。



「くっ…!」



異界種の猛攻を避けつつ距離を取ろうとするが、相手が先ほどよりあまりに速度を増した為なかなか上手く距離が取れない。

異界種の腕が空を裂き暁斗の頬を掠めた。血の線が流れたその瞬間、よりしろの危機を感じ暁斗の魂が強く輝き出す。

瞳の黄金がよりいっそう濃く光り輝いた。それに呼応するように格段に向上する彼の身体能力。

軽く地面を蹴り飛び上がると校舎の屋根へと着地する。それを追い異界種が壁をつたって登って来た。手足が使えない今こそが最大のチャンス。一気に片を付けるべきだ。



「キィキェー!」



双剣の片方が異界種に向かって投げられた。それは見事頭部に突き刺さり、異界種を細かい塵へといざなって行く。

目には見えないがその魂もあるべき場所へと還って来る。日に日に多数の魂が体に還っていることで暁斗の力はさらに輝きを増していた。だからこそ存分に力を分け与える余裕があるのだが暁斗はなかなか"騎士"という存在を作らない。

力を分け与えればその者の人生が一変してしまう。それをよく知っているからこそ、彼は周りを巻き込むことを極力避けているのだ。

なら何故司貴だけは"騎士"として力を分け与えたのか。それは彼が幼い頃に原因があった。

"基なる魂"がよりしろとして選んだのはとある一家の子供だった。母親の腹の中で生まれたそのよりしろに宿った"基なる魂"。しかしよりしろがこの世に生を成したまさにその日、"基なる魂"がよりしろを持って生きることをまるで知っていたかのようにこの世界、神界に異界種が姿を現した。

それは深夜にも関わらず暁斗の周りにいた人間を手当たり次第襲って行く。しかし暁斗は運良く発見されなかった。生まれたばかりで魂の輝きが不規則だったのが幸を成したのだろう。暁斗と母親は翌朝までその事件を知ることもなく病院の一室で眠っていたのだ。

ちなみにその異界種は"基なる魂"を見つけ出す前にその場で塵となっている。よりしろはすでに崩壊している身だ。長時間体を保つことが出来ない彼らは放っておけば消えてしまうのである。


それから数年後。異界種がこの神界に再び送り込まれた。神界が消滅していないことからまだ"基なる魂"が消えていないと相手も気付いてしまったのだろう。

深夜、異界種の叫び声に呼ばれまだ7歳にも満たない暁斗は興味本位に彼らのもとへ向かって行った。中庭に佇む怪物に息を飲み、目が合うとすぐさま暁斗に飛びかかって来る黒い影。

そこでようやく暁斗は自分が普通ではないことを魂から告げられた。そして本能的に取った行動が…他の魂に力を分け与え"騎士"として自分を守らせることだったのだ。

その日王崎家には停泊していた親子がいた。両親と共に部屋で就寝していたその少年は暁斗と同じく異界種の声を探して家の中をぶらぶらと徘徊していた。

高まる気分をそのままに、中庭で化け物に襲われている自分よりも幼い子供を見つけ、助けようと勇敢にも駆け出す。そして少年がその子供に駆け付けた次の瞬間、ありえないことにその唇は彼に奪われていたのだった。

"基なる魂"が力を分け与える際、よりしろを繋ぎ合わせることが一番手っ取り早い方法となる。体液や骨肉にも僅かに力は含まれているが、直接相手に魂の一部を送り込む方が即戦力にもなり確実なのだ。

"基なる魂"に力を分け与えられた少年は魂からの命令、人の言う本能に従い彼を全力で守った。少年、いや、人間にはありえない身体能力を発揮し異界種を消し去ったのである。

その日から少年の人生はがらりと変わってしまった。彼から離れれば魂が怒り、少年の本能を刺激する。"基なる魂"を守れ、と魂に急かされるのだ。

少年は本能に逆らい切れず、嫌々ながらに彼のお付きとなった。自然と側にいることが出来るのは執事しかない。そう思い自分の親に頼み込んでは王崎家の見習い執事とさせてもらったのである。

あれから十年以上も経った。その少年は立派な青年へと成長し、今なお"基なる魂"を守り続けている。その身に一番の力を受け、日に日に力を強くさせて行きながら。



「……あと1体か」



校舎の上から地面へ降り立った暁斗は、耳をすまし辺りの気配を探った。

…足音が2つ。しかもその足音は暁斗のすぐ側までやって来ていた。



「あ…先生」

「お、先生だ」



少しして曲がり角から姿を現した生徒に暁斗は慌てて力を抑え込んだ。瞳の黄金が消え、双剣が姿をなくす。

魂が平常に戻ったのだ。








[ 11/36 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -