【Side,18(司貴・暁斗) 】




暁斗に呼び出され俺は彼女の後ろを付き従うように廊下を歩いていた。夕食が終わり食後の一服も済ませた彼女。同じく食事に同席していた煉はただいま入浴の真っ最中だ。

子供は就寝前に入浴すべし。理壱がそう促した為煉は仕方なく俺たちと別れた。俺のアドバイスあってかバスルームに理壱や使用人が突入することはなく、煉がいる部屋には今彼のみしかいない。

俺が暁斗に呼び出された理由はそこにあった。バスルームで入浴した後、煉の着替えはどうするのか。まさか何も用意しない訳には行かない。しかし彼のサイズが分からないまま服を発注することは出来ない。

バスルームの扉越しに服のサイズを聞くなんて使用人にはあるまじき行為だ。ただ俺と暁斗ならばそれくらい聞いても許される範囲にある。

他の使用人には任せられない為、俺たちはこうして彼がいる部屋に続く廊下を歩いていた。暁斗が足早な理由は早くしないと服の発注が煉の湯上がりに間に合わない為だ。



「来賓の部屋でよかったか?」

「いえ、いつもの部屋だと長期滞在には勝手が悪いので2つ隣の大部屋に案内してあります」

「そうか。確かにその部屋ならベランダを渡ってすぐだな」

「暁斗の部屋からだと近いんですよね。廊下からだとちょっと遠回りですが」



決して他の使用人には聞かせられない内容だ。実際話が聞かれていても何について話してるのかは分からないんだろうが。

話しているうちに煉がいる部屋へと着く。扉に軽くノックをすると俺たちは遠慮なく中へ入って行った。

部屋の中には誰もいない。テーブルには煉の為に用意した真新しい携帯ゲーム機が数台と、こちらは使用人達が考え用意したのだろう見慣れないパズルや知恵の輪の山。ソファーには理壱の気配りだろう動物のぬいぐるみが所狭しと置かれている。その側には遠隔操作機能付きの飛行機や車のプラモデル。同じデザインの完成品と未開封品が山のように並べられている。挙げ句の果てにはベッドのシーツだ。煉の年代に合わせたのか車やサッカーボールの柄が描かれている。

高校生でありながら12歳であることを知り理壱が驚いていたのをたった今思い出した。それにしては酷すぎる。流石に子供扱いし過ぎだ。…特に後半が。

ふとテーブルの上に置かれた手紙を見つけ、俺は思わず片手で顔を覆った。





"僕は確かに子どもだけど、どうか大人として扱ってください。都筑煉より"





「…?どうした司貴」

「……すみません、なんだか泣きそうになって」



切実なメッセージがそこには残されていた。彼も彼でこの手紙を必死に書いたんだろう。所々文字が震えており、一部筆圧が濃くなっている。



「なんだ?この手紙は。中津が都筑になにかやらかしたのか?」

「…まぁ、そんなところだと思ってください」



この部屋の有り様を見て何も思わない暁斗からすればここにある手紙の意味もきっと分からないままなんだろう。そう考えるだけでまた涙が誘われてしまう。子供の頃は早く一人前になることが男の共通の夢だ。子供扱いほど屈辱的なことはなく…煉だってきっとそうに決まっている。



「発注する服は少し大人びたものにしておきましょう」

「ん?都筑がそう言っていたのか?」

「ええ。それはもう切実に」

「そ、そうか」



やはり分かっていない様子の暁斗。不思議そうに首を傾げている。俺は煉に同情の念を送るとバスルームへと歩き出した。

発注するにしてもまずは服のサイズだ。扉越しに水音が聞こえる。俺たちと離れてからもう15分は経っているだろう。彼が早風呂派だった場合今この時点で鉢合わせしてしまう可能も捨てきれない。

扉にノックをしようと片手を上げた俺だったが、目の前のドアが急に開き焦る。



「暁斗っ、せめてノックぐらいしておかないと」

「ノックならもう部屋の前でしただろう」

「それとこれとはまた種類が、」

「都筑、少しいいか?」



平然と奥の扉に手をかけた暁斗を俺は全身全霊を懸けて止めた。ちょっと待って欲しい。



あなたは今、いったい何をしようとした。



「タイムです、暁斗。いったん外に出ましょう」

「むぐ、むぐぐー」



口と手を拘束したままズルズルとバスルームから離れる。音を聞かれないよう静かにドアを閉めると俺は彼女を解放した。



「っは!なにをする!いきなり口を塞ぐな!」

「暁斗こそいきなり何を仕出かす気ですかっ」

「なにをって、私たちは服のサイズを聞く為にここへ来たんだろう?」

「それなら扉越しに会話をすればいいだけの話だっ」

「水音で聞こえない。それに実際見た方がサイズの特定も、」



俺はもう一度彼女の口を塞いでおくことにした。

すみません、煉。理壱より酷い伏兵がここにいました。



「〜っ、なんなんださっきから!私を窒息させる気か!」

「暁斗が悪いんです。反省してください」

「なぜ私が反省なんて、むぐー!」



聞き分けのない主に俺はにっこりと笑顔を浮かべたまま罰を与えてやった。反省とまではいかないが俺が怒っていることを知り僅かに青ざめる暁斗。こくこくと頷き反省の態度を見せる。

とりあえず彼女の口を解放すると俺は暁斗にここにいるよう指示をし再度バスルームへ向かった。未だ水音がしている。幸運なことに煉は俺たちの騒動に気付いていないようだ。

理壱ならまだ裸を見られても許せる。しかし女性である暁斗に見られてしまった場合は思春期の彼に相当なダメージを与えるはずだ。

男としての彼のプライドを守る為にもここは俺が暁斗を抑えておかないと…。そう考えながら扉に手を当てようとして、…ふと嫌な予感に後ろを振り向く。

これまた平然と暁斗はバスルームに入っていた。何やら籠を物色している様子。



……待、て。





その籠に入っているのはもしや、





「暁斗っ!ストップ!ストップ…!」



声を抑えて彼女を咎める。すると暁斗は功績を遺したかの如く顔を輝かせ片手を上げてみせた。

都筑が着ていたYシャツのボタンにトランクスが引っかかり宙で儚く揺れる。



「司貴、都筑の服に150pというタグがむぐむぐ」



もう何度口を塞いでいるのだろう。俺は再び暁斗をバスルームから引きずり出すとその手から下着もろとも服をもぎ取る。



「あ、き、と…?」

「な、なんだ…?」



ただならぬ雰囲気に流石の暁斗もたじろぐ。これで平然とされては怒る以前に人としてどうだという話になる。



「俺はあなたになんて言いました…?」

「こ、ここにいろと…。しかし扉越しに不鮮明な会話をするよりも実際服のタグを見た方がサイズは分かるだろう…?」

「確かにそうですが、それはあなたがやるべきことではないはずです」



なぜだ?と不思議そうに見上げられる。俺はため息を通り越して全身から力が抜けて行くのを感じた。

ダメだ……暁斗にこの手の話は通じない。

分かっていたが鈍すぎる。完全に白旗状態の俺だったが、とりあえず煉のサイズが分かったので目的は果たせたはずだ。



「…まぁ、あなたの言うことにも一理ありますし…何事もなくサイズも分かったことですから俺たちは早く退散を、」

「まだズボンのタグを見ていないぞ?」

「……半ズボンじゃ、流石に怒られますよね」

「大人っぽい服装の…半ズボン?……想像もつかないな」

「ええ……俺もです」



疲れきりながらも俺は暁斗を残してバスルームに入って行った。連れ去られたYシャツとトランクスを籠の中にそっと返しておき、ズボンのタグを記憶する。

乃暁がいるから暁斗はああなのだろう。弟のように扱われるなんて煉もほとほと可哀想だ。

上下のサイズが分かり俺たちは煉に気付かれることなく部屋を出ることに成功した。服の発注書をFAX用紙に書く際も俺は胸の中が罪悪感でいっぱいになる。

暁斗がパンツを見たことは煉に伏せておこう…。

せめてもの謝罪にと暁斗には彼の服を選んでもらうことにした。大人っぽい服装という括りにカタログ片手に悩む暁斗を、俺は疲れきった様子で眺める。

緊急ヘリで空輸させれば湯冷めする前には間に合うだろうか。

FAX用紙に"至急"と大きく記入しながら俺は王崎家のヘリを出動させるよう使用人に言いつけていた。








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