【Side,2(司貴)】
「ところで暁斗。コーヒー片手に何やらかそうとしてるんですか?」
どろっどろに固まったコーヒーを蛇口下に持って行く彼女を見つめ、嫌な予感に声をかける。
一度こっちを振り向いた彼女は再度前を向き蛇口の水をコップに注いだ。
声なくその光景を見届ける。やがて振り向いた彼女は俺に歩み寄ると、持っていたコップを差し出して。
「飲め。私特製だ」
「そんな危険な汁俺に押し付けないでください」
「私のコーヒーが飲めないというのか?」
「…その前にそれはコーヒーから外れた液体だから」
無意識なんだろうがその上目遣いは反則だ。そしてこれは明らかなパワハラでもある。執事にも人権はあるはずだし、俺はまだ死にたくない。死ぬとしても主の為にこの身を捧げるつもりだ。こんな得体の知れないものに殺られるなんてまっぴらごめん。出来るものなら突き返したい衝動に駆られる。
むぅ、と暁斗が可愛らしく考え込む。自分で飲むという考えは毛頭にないらしく、いかにして俺に飲ませようか策略を練っているようだ。
「…ならおまえが作ったコーヒーと混ぜ、」
「ないように。もう二度と作りませんよ、コーヒー」
「じゃあ…氷らせてアイスコーヒーの氷に、」
「使ったら今日のデザートは抜きかな」
「が、頑固だぞおまえ!」
「頑固はどっちですか…まったく」
なかなか引かない彼女に肩をすくめる。俺の主は本当に頑固で、時折収拾がつかなくなる。それでもその頑固を憎めない俺は彼女にとことん甘くもあった。
「…飲んだら今度はちゃんとしたコーヒー俺に作ってくださいね」
そう言うと見るからに喜ぶ彼女。感化されたように俺の顔にも自然と笑みが浮かぶ。軽い覚悟で俺はそのコップをなんとなしに受け取った。
男らしく、グイッと一飲み。「おぉ!」と歓声を上げる暁斗の声が…。
なんだか遠い。
どうやらこの液体、毒薬の作用があるようだ。コップを下ろした俺の顔は青を通り越して青白く成り果てていた。
「ど、どうだ…?」
危ない粉煙が俺の口から巻き上がるのを見て、恐る恐る暁斗が声をかける。コップに入っていたのは液体というより粘液に等しかった。苦みさえ超越した深い深い味わいに、俺は心の底から彼女に告げる。
「…暁斗。やっぱりコーヒーはもう作らないでくれ」
この毒々しさ、味わってみれば分かるから。
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