【Side,27(都筑・眞壁) 】
「ふが!」
「先生は先に行って!早く!」
暁斗をカーテンの向こうに押し込み、シャッと素早くそこを閉じる。振り向けば眞壁が未だにふがふがともがいていた。
どうやらなーちゃん(ぬいぐるみ)の手足が彼の顔にジャストフィットしたらしい。自分のピッチングを褒め称えてやりたい。野球よりサッカー派だが才能くらいはありそうだ。
「どうしたの一輝、そんなにぬいぐるみとイチャイチャして」
「ふご、ふごご!ふごー!」
「静かにって。先生が検診中だよ」
ぬいぐるみを取ってやり、もとの住みかに戻してやる。眞壁は自分に起こった状況が理解出来ていないらしく目をぱちくりとさせ頭の上に"!?"をいっぱい浮かべている。
そんな彼を放っておき、都筑は忍び足でカーテンの側に寄った。その場にしゃがんで聞き耳を立てる。男子をあんなにするほどの魅力を持つ保険医を相手に同性である先生はどんな会話をするのだろうか。
「煉、なにしてんだ?」
「しっ!一輝もしゃがんで…!」
「お、おう…?」
馬鹿デカイ彼がカーテンの側に立てばそのシルエットですぐに聞き耳がバレてしまう。
2人してしゃがみ込み、息を潜める。ようやく集中出来たと思ったら都筑の耳にさっそくとんでもない台詞が飛び込んで来た。
「うふふ。そんなにびっくりしないで。優しくしてあげるから」
驚いたのは都筑だけではないようで、カーテンを指差す眞壁とお互い目を合わせる。
「せ…先生、何されてるのかな…」
「オレん時、びっくりするようなことされてねぇぞ…?」
「えっ?じゃあ先生にだけ何か特別な…?」
ひそひそと会話をし、いったん沈黙する。お互い自分の考えた想像を発展させる。
保健室…。狭い空間で2人きり…。体を検査…、それに先生が驚く…。
もはや都筑の想像は妄想に発展していた。ピンクになって行く自分の脳内。今まで女性同士というものに興味はなかったが暁斗が該当するとなれば話しは別だ。むしろ神聖な感じがしてなんとなく興奮を覚えてしまう。
おそらくこういった展開になるだろうと想像し、悶々とする。自分が男なのでその妄想に混ざれないのが一番の難点だ。女に置き換えることも出来ない為、ここはまだ見ぬ保険医に頑張ってもらうしかない。
悶々と妄想を続ける都筑の横で眞壁も眞壁で真剣に事の次第を考えていた。ちなみに彼の頭の中では人体実験されそうになっている暁斗が描かれている。
すると次に聞こえて来た台詞もまたまた2人の妄想を引き立てるものだった。
「痛みがあったら言っていいのよ?」
こ、これってやっぱり…!
眞壁と再び目を合わせる。ごくりと2人同時に生唾を飲み込んだ。自分の想像は間違っていない。そうそれぞれに確信する。
「やべぇって…!早く止めねぇと…!」
「と、止めるって…邪魔したらダメだよっ…!」
「今止めねぇと先生大変なことになる…!オレは行くぜ…!」
「待っ、バカズキ…!ダメだって…!」
立ち上がりかけた彼の首もとを小声で牽制しおもいっきり引っ張る。ぐえ、と小さく声を上げ眞壁が尻もちをついた。
騒ぎに気付かれていないかとっさに耳を澄ませカーテンに貼り付く。慌てて眞壁もカーテンに貼り付き、静かに2人息を飲む。
「あぁ…もう食べちゃいたい」
決定的な台詞が聞こえ今度こそ2人は真剣に顔を見合わせた。
先生が保険医に迫られてる…!
先生の人肉が狙われてる…!
眞壁が縦に頷き、都筑が横に首を振る。お互いの様子に混乱する。
邪魔しちゃダメだって…!
なんで助けねぇんだよ…!
考えが通じ合わず誤解が生まれる。先に動いたのは眞壁の方だった。
「煉が行かなくてもオレは行く…!」
また立ち上がろうとする巨体。立ち上がり、片足を踏み出した途端もう片足に都筑は咄嗟にしがみついた。
「ぉわっ…!」
前のめりになり顔面へと迫る床。極力声を抑え、ぎりぎりのところで腕立て伏せをするように衝撃を吸収する。流石眞壁。彼ならではのパフォーマンスだ。
「バカズキ…!もし真っ最中だったらどうする気だよ…!」
「ま、真っ最中ならなおさら止めるしかねぇだろ…!?」
「それは気まずいを通り越してただの邪魔者だって…!」
「邪魔者じゃねぇよ…!ヒーローだっ…!」
どうやら彼はヒーローというものに憧れがあるらしい。グッと両手拳を握りしめて力説するその熱血ぶり。図体がデカイというのにまるで子供のような考えだ。明らかに都筑より精神年齢が低いように見える。
…ちなみに都筑は去年戦隊物を卒業したばかりではあるが。
「ヒーローはいらないよ!今必要なのはむしろヒロイン、というか女の子…っ」
「女子じゃ助けらんねぇだろ…!オレはピンクじゃなくてレッドになる…!」
いっこうに話が噛み合わないまま小声で言い争いを続ける2人。眞壁が立ち上がっては都筑がそれを止め、また無駄な言い争いが続く。その攻防が延々と続いていた…、
その時。
ようやくカーテンの仕切りが開き、その攻防に終止符が打たれたのであった。
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