【34,集合時間は守りましょう】








「乃暁っ、よせ…!こんなことっ…、もう、やめ…て、くれっ…!」



息も絶え絶えで体をよじる。がっちりと掴まれた腕が痛い。体がまるで鉛のように重く感じて仕方がない。



「ヤだよ。絶対離さない」



体がのし掛かり、耐えきれず声を上げた。汗が顎の下に伝う。かれこれ30分はこの繰り返しだ。



「お願い、だっ…!もっ…"イかせて"っ…!」



都筑は困っていた。そして司貴も困っていた。

目の前で繰り広げられる…、



姉弟愛というものに。



「集合時間に間に合わなくなるだろうっ!」



朝だというのに卑猥に聞こえる会話を玄関前で交わす姉弟。弟が姉の外泊を阻止しているのだ。お泊まりは許さないとさっきからこの調子で2人何十分も揉み合っている。

大きなボストンバックを片手に疲れ果てている暁斗。乃暁の方は部下が迎えに来ているのもお構いなしに暁斗に抱きつき、行かせまいとしている。



「明日の朝暁斗の顔が見れないなんて、世界滅びればいいよ」

「ほ、滅んだら一生見られなくなるだろうっ!」

「じゃ、半壊」

「それもダメだー!」



ぐぐぐ、と体に力を込める。しかし乃暁の体が引きずられるだけで、彼自身はまったく剥がれない。ようやく車の前まで来たのはいいが、このままでは彼まで合宿に同行させてしまう。



「乃暁。ちょっと耳貸して」

「いくらくれるの。キミならサービスで7割増しね」

「悪徳商売しない!時間がないからほら早く!」



こしょこしょと司貴が乃暁に囁く。最初は嫌な顔をしていた彼だが、その顔はすぐにまんざらでもない表情へと変わっていた。



「合宿、楽しんで来なよ。暁斗」

「乃暁…?」



あっさり離れた彼に疑問を持つものの、司貴に車へと押し込められる。本当に時間ギリギリなのだ。この分は彼に車を飛ばしてもらうしか取り戻す方法はないだろう。

ウインカーを下げ、弟に別れの挨拶を告げる。彼も彼で大遅刻らしく部下が周りでてんてこ舞いしている。朝からご苦労なことだ。



「電話、忘れないでよね」

「…電話?」



乃暁に意味を聞く前に司貴が車を発進させた。とりあえず軽く手を振り、ウインカーを閉じる。彼が言っていた電話とはいったいどういう意味なのか。気になって黙り込んでいると、司貴が小さく咳払いをした。



「暁斗。ボストンバックを開けてみてください」

「…?」



トランクに入れる暇もなかった為、暁斗は隣にいる都筑同様大きな荷物を膝に置いていた。言われた通りチャックを開き、中を見る。服やしおりなどが入っている中で不自然にも紙袋が1つ詰め込まれている。

いったいなんだと袋の中を覗く。中にはさらに布地の、カバーケースのようなものと、黒くて長い線の付いた機械。おまけに分厚い冊子などが入っており、同じく中を覗いてみた都筑が一瞬にして全てを察した。



「確か先生は持ってなかったんですよね?携帯」

「あ、あぁ。…ならこれがその携帯電話というものか」

「あの…それ充電器」



耳に当てる寸前で踏みとどまる。



「じ、ジョークだジョークっ!真に受けるなっ!」

「あ、あは、あははは……もちろん、ジョークだよね、うん…」



真っ赤な顔をされ、流石の都筑も突っ込みきれなかったようだ。苦笑いをしてその場をスルーしている。

保護カバーを外し、携帯が姿を現した。暁斗の髪色にそっくりな色艶の、二つ折りタイプ。最新機種ではないが、そう古いようにも見えない。おそらくオーダーメイドなんだろうと都筑はまたもや本人の隣で察していた。



「1番を長押しして」



司貴に言われ、1と書かれたボタンを押す。



「先生、長押しだからもっと長く押さなきゃ」

「む?…そうか」



都筑によって元の画面に戻されたそれ。今度は言われた通り力を込めてボタンを長押しする。ミシミシと聞こえるほどのそれに都筑が慌てて声を上げた。



「もっと優しくっ!携帯が壊れちゃうよ!」

「う、うん?」



コツが掴めないまま言われた通りにボタンを押す。すると液晶にコール画面が現れ、そこには九影司貴との文字が綴られていた。

同じくして彼の内ポケットで携帯が震える。運転中のマナーで電話には出なかったが、彼の携帯にも"暁斗"との文字が出ているはずだ。



「一番は俺。二番が乃暁。番号を長押しすると電話が繋がる設定にしましたから、それだけはマスターしておいてください」



教師として働き始めた暁斗の側に今までのようには居られなくなってしまった彼。その埋め合わせとしてこれを用意していたようだ。ちなみに彼の懐にあるのは暁斗と色違いの機種。ナンバー設定が出来るタイプで統一させたのはその方が彼も教えやすいからだろう。



「電話する時に左上のボタンを押すとテレビ電話が出来ますから、明日の朝、乃暁に必ずそれで掛けてください」

「あぁ、だからあいつは電話と……テレビ電話?」

「お互い顔が見れる電話だよ。このカメラが先生を映して、画面には相手の顔が映るんです」



ふむふむと分かったように頷いてはいるが、暁斗の目はカメラではなく出力マイクの位置に焦点が合っている。

思いっきり不安になった都筑は、ふと良いことを思い付きその顔に不敵な笑みを浮かべた。ミラー越しにそれを目撃してしまい、策士が出たと司貴が内緒で苦笑している。



「先生、携帯少しだけ貸して?」

「あぁ、別に構わないが」



慣れた手付きで暁斗の携帯をいじる。初めての機種なのに流石は現代っ子だ。すぐさま自分の携帯から赤外線で番号を送り、3のナンバーに設定する。そしてそれを確認するように暁斗の携帯から電話を発信した。

ちなみに都筑の持っている携帯は最新機種らしく、その平たくボタンのない形に暁斗が興味津々で目をしばたかせている。



「僕の番号は3番だから、絶対覚えてくださいね」



子供の特権である無邪気な笑顔を浮かべ、暁斗にそれを返す。そしてマナーモードで震える自分の携帯を操作し、暁斗からの着信を繋げた。



「今僕の携帯にテレビ電話が繋がってるんだけど、分かりますか?顔が映ってるの」

「凄いな。本当におまえが映っている」

「…先生、こっちは顔が遠いです」

「ん?私が近付けばいいのか?」

「こ、今度は目しか見えなくなってるからっ!」



暁斗が都筑にレクチャーを受けている中、車はあと数分で学園前に着く予定となっていた。スモークガラスで外は見えないが車は制限速度ギリギリで路道をかっ飛ばしている。

高級車だからこそのこの静けさ。しかし彼らはこれよりも早く目的地に着ける力があるというのだから"基なる魂"の力は脅威である。








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