【33,趣向は1つにしてあらず】










「あ、母さん」



都筑の言葉に、暁斗達は慌てて我に返った。保護者の前では立派な教師として立ち振る舞いたくて、姿勢を正し、挨拶をする。



「はじめまして。私はお子さんの担任で、王崎と言うものだ」



スーツから名刺を取り出し、まだ若いだろう彼女に差し出す。30代半ばくらいに見える。都筑が幼いからその母親もまた若いのだ。



「あらまあご親切に。私も何かあげたいのだけど…あ、これなんてどうかしら?」



買い物かごからヨーグルトが姿を現した。3つ入りの家族用パックだ。牛さんの絵柄が実に可愛らしい。



「あ、ありがとう…?」

「母さん!恥ずかしいことしないでよ、もう!」

「あら本当。すっかり忘れてたわ。えぇと…はい、これも。ご家族で召し上がってね」



プラスチックのスプーンも3本渡された。どうやら本気でしているらしく、暁斗でさえも彼女が天然であることを察してしまう。



「…すまない。感謝する」

「あ、そうだ!これからお夕飯なんだけど先生も食べて行きます?今日は得意料理のエビピラフなの」

「それは、まさか家庭料理かっ?」

「グリーンピースは手抜きだけれど、他は愛情いっぱいよ」



司貴に視線を向ける。もの凄く食べたい、という熱い視線を。

そんな視線を受け、司貴はお得意の苦笑を浮かべた。許可を得る為その視線を都筑にパスする。

腕を交差させダメだと主張された。しかしそれが暁斗に伝わる前に、彼女は彼の母親によって家の中へと招かれて行く。



「どうぞ入って?主人は仕事でいないけれど煉ちゃんのことだったらじゃんじゃん答えられるから。あ、スリッパをどうぞ」

「あ、あぁ、土足じゃダメなのか…いや、その前に家庭訪問で来た訳じゃないんだが、」

「綺麗な先生ね、煉ちゃん!今日の料理は腕が奮うわぁ!」



鼻歌と腕まくりをしながらキッチンへ去って行く彼女。取り残された暁斗は興味津々に辺りを見回した。靴箱に、鏡。廊下を挟んでリビングが見え、途中には2階に通じる階段やトイレなどの扉がある。

狭いけれど有効活用された空間。初めて一般家庭に招かれ、うきうきとした様子で廊下を進む。



「せ、先生!本当に食べて行くんですかっ!?」



慌てて追いついた都筑が焦った様子で尋ねて来る。年頃の彼としては親から自分のことを話されるのが一番恥ずかしいのだ。特に日常生活のこと。好きな人の前では少しでも格好良くしておきたいのである。



「ご馳走させてもらうのに断ることは出来ないだろう」

「で、でも先生だって明日の準備とかっ」

「暁斗の荷物は俺が用意しておきました」

「司貴さんんんん!!」



絶体絶命な状況。キッチンからは調理を始めた音まで聞こえて来る。都筑は観念したようで、ふらふらと1人階段を上がって行く。彼の部屋は2階にあるようだ。構造は良く分からないが、おそらく3か4LDK。敷地の有効利用はここまで極めることが出来るのだろう。一般家庭というのは実に勉強となるものだ。



「おお…!」



リビングに到着し、思わず感嘆の声を漏らす。テレビドラマで見るような生活感のあるリビングダイニング。エプロンを付けて料理をする母親なんて、本当に庶民的で、憧れの光景だ。

暁斗の母、暁は実は恐ろしいほどの料理下手だった。彼女の作った料理を初めて食べた5才の冬。暁斗は真っ黒なグラタンを一口食べ、半日寝込んだ記憶しかない。ゆえに家庭料理というものの味をまともに知らなかった。

座っててと言われ、2人分の冷たい麦茶が差し出される。司貴がダイニングテーブルのイスを引いた。そのイスの上にはスーパーのチラシが置かれ、生活感というものがひしひしと伝わって来る。



「し、司貴!スーパーのチラシだっ!」

「こらこら、動物園に来たんじゃないから指を指さない。それとヨーグルトはテーブルに置いて。そんなに持ってると温まっちゃいますよ」

「卵が…特売で99円?これは安いのか?高いのか?」

「…今度のお忍びはスーパーに行ってみましょう。社会見学としてかなりの勉強になると思いますよ」

「本当か!?絶対だぞっ!」

「はいはい。だからヨーグルトを置いて」



今までファーストフード店や動物園などは中津に内緒でお忍びして来たが、スーパーや遊園地など行ったことのない場所はまだまだいっぱいある。箱入りで世間知らずという自覚があるからこそ暁斗はそういった場所に行きたがり、毎回毎回中津や司貴を困らせているのだ。



「そういえば先生。隣の方は朝も挨拶に来てくれたのだけど、煉ちゃんの副担任の方かしら?」



司貴のことを言っているようで包丁を持って首を傾げている。出来れば包丁は置いてから話し掛けて欲しかった。危なっかしくて見ているこっちが冷や冷やする。



「いや、こいつは私の執事だ」

「今朝は早朝に申し訳ありません。王崎家執事、九影司貴と申します。以降お見知り置きを」



執事らしく体に手を添えお辞儀する。親しみやすい感じはあるが、その動作は完璧で優雅。こう見えて敏腕執事である彼は中津の指導のもと完璧な執事として育て上げられている。今も主人がイスに座るのをエスコートし、自分はその斜め後ろで待機したままだ。



「まぁ、執事さん!改めて見ると本当に格好良いものねぇ。じゃあ先生はお嬢さまなのね。お料理奮発しなくっちゃ」

「む?そう気にせずとも普段通りで構わないのだが…」

「お口に合うか分からないのに、本当にいいの?」

「あぁ。…私はあなたの作った料理が食べたい」



柔らかく微笑み、目元に滲む甘い眼差しを彼女に向ける。まぁ、と口元に手をやる律子夫人。その頬は赤く染まり、何やら可愛らしい表情だ。片手の包丁が物凄く気になって仕方ないが。



「煉ちゃーん!煉ちゃん大変ー!」



包丁を持ったまま廊下に駆け出す彼女。暁斗は慌ててその道筋から距離を取った。流石に危ないと思ったのか、彼女が通った際、司貴が気付かれぬよう指で包丁を引き抜く。それにまったく気付かないまま彼女は包丁を持ったていで階下から都筑に呼びかけていた。



「もう…何、母さん」



どこか呆れた様子で息子が階段を降りて来る。しおりを片手に、どうやら荷物を探しているようだ。歯ブラシとタオル、そしておやつの欄などにチェックマークが付いていない。



「煉ちゃん聞いて!お母さん先生にプロポーズされちゃった!」

「ええっ!?」



ごふ、とダイニングでむせる暁斗。麦茶がコップを逆流して行く。



「煉ちゃんは先生、お父さんがいい?お母さんがいい?」

「先生は亭主関白だから父さんの位置…、じゃなくて!母さんっ!勘違いするのはやめてよね!」

「あら、本当よ?先生、お母さんの料理が食べたいって格好良く口説いてくれたもの」

「れ、レディキラー…!先生はレディキラーなんだっ、絶対…!」



母親がたぶらかされその息子が複雑な心境で呟いている。とりあえず母親の勘違いを取り除き、都筑もダイニングにやって来た。自分の母親が何かやらかさないよう見張る為、荷物を回収しながら会話に聞き耳を立てている。



「ごめんなさいね、先生。私ってどこかズレてるらしくて、煉ちゃんにもよく怒られるのよ」

「…そうなのか」



わざわざ言わなくともここにいる誰もがそんなことだろうと分かっている。だが暁斗はせめてものをフォローとして知らないフリで相づちを打った。



「母さん、料理するなら早くして。僕、今日も友達ん家行って来るから」

「あら、またお泊まり?」

「うん。その子と勉強するのもの凄く楽しいんだ。もしかしたら泊まり込みになるかもしれないから、父さんにはちゃんと言っておいて。今日みたいに夕方には一度帰って来るから」




子が親を騙す現場で何も言えない新米教師。罰が悪くなり、とりあえず麦茶を啜る。キンキンに冷えた麦茶はこうも美味しくなるのかとまた1つ学習した暁斗だった。

料理が再開され、家族団欒のような雰囲気が広がる。温かい気持ちに包まれていると、律子夫人が突然何かに気付いたように叫んだ。



「な、何事だ!?」

「大変よ先生!包丁さんが手から脱走したの!」

「今さらその話かっ!」



包丁さんなら今まな板の上で熟睡中だ。司貴によってだいぶ前に寝付けられていたことを暁斗は愚か、司貴本人まですっかり忘れていた。


騒がしくもあり、暖かくもある都筑家の食卓。


それから20分ほどして出来上がったエビピラフに、暁斗が心から温まったのは言うまでもなかった。









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