【32,趣向は1つにしてあらず】









「あぁ、やっと来た」



高い身長を生かし暁斗を見つけた彼はどこか安堵した様子。

女生徒が一斉にこちらを見る。そして暁斗を確認した途端、キャーという黄色い声が様々な場所から飛び交った。



「王崎先生の執事様だったのね!」

「いやー!なんてお似合いなのー!」

「禁断の恋ね!主従関係がいつの日か愛に変わるのよ!」



何か大変なことを言われている。眉をひそめ暁斗は彼女達の間を通り抜けるが、女子の妄想は留まることを知らない。



「都筑君はどういった関係なのかしら…!」

「実は血の繋がった弟とか!」

「うそ!?それじゃあドロドロの三角関係になっちゃう!」

「違うわよ、むしろ都筑君を取り合って王崎先生と執事様が夜な夜な…」

「結局どちらを選んでも禁断の恋に変わりはないということね…」



一拍置いて、キャー!と一段うるさい歓声が飛ぶ。訳の分からない展開に暁斗はまったくついて行けなかった。

とりあえずすぐに帰宅しなかった彼女達を叱り、追い払う。未だ絶えない噂話を繰り広げながら帰って行く彼女達。女子の妄想はまったくもってたくましい。



「…なんなんだあいつらは」



あり得もしない話をでっち上げ、本人達をよそに盛り上がるとは暁斗にとって理解出来ないテンションだ。

それは司貴や都筑も同じだったらしく2人して複雑な顔をしている。まぁ自分達をもとにあんな話をされてはとてもじゃないが良い気にはならないだろう。



「遅くなってすまなかった。緊急会議が長引いてな」

「異界種から怪我を負ったと聞きました。また無茶をしたんですね、暁斗」

「む、無茶をした訳じゃない。あの時はああするしかなかったんだ」



車のドアが開かれ、エスコートされるままその中へと乗り込む。都筑も後から乗り込み、最後に司貴が運転席へと乗り込んだ。



「帰ったら俺が診ますから、それまであまり触らないようにしてください」

「傷口はもう塞がっている。手当てはしなくても問題ない」



グン、といきなり車が急発進した。普段はしないタイヤのスリップ音まで聞こえた気がする。



「化膿したら怒りますよ」

「手当てを頼もう」



脅しのようなそれに先ほどまでの意見をあっさり覆し、食い気味に返事をする。怪我ならすぐに治る。しかしその反面、暁斗の体は菌にとても弱かった。

弱いというのは強いという意味も含めてだ。人間は菌やウイルスが体内に侵入すると免疫というものを自動的に働かす。その免疫が働くと体の体温が上がり、菌などの外敵を死滅させることが出来るのだ。

次に暁斗だが、彼女は"基なる魂"の力によって人より免疫が異様に高い。風邪などが引きにくい代わりに、一度引いてしまうと大変なことになってしまうのだ。

例えば、平均で37℃ほどしか出ない軽い風邪を引いたとする。免疫が働き、体の体温が上がるまでは良いだろう。しかし暁斗は免疫が高過ぎる為、普通以上に体温が上がってしまうのだ。

一度だけ、暁斗は風邪を引いてしまったことがある。体に疲労が溜まり、そしてたまたま使用人に1人、風邪で体調を崩している者がいた。その風邪も熱はそれほど上がらないものだったが、暁斗はなんと42℃という高熱を叩き出したのだ。

幸い、菌はすぐに死滅し風邪は1晩で治った。しかしあまりの高熱に3日ほど声が掠れるという後遺症が残っていた。

"基なる魂"により肉体が強化されている司貴や都筑もおそらく同じことだろう。司貴が必要以上に用心するのも無理はないのだ。



「都筑。今日はお前の家に寄るぞ」

「えっ!?」



唐突に話を振れば、今の今まで「男同士なんて…」と暗い口調でブツブツ繰り返していた都筑が我に返った。



「い、家ってまさか…!」

「明日から合宿だろう。荷物を取りに行かなくてどうする」

「あ…、そっちですか」

「…?」



ならどっちだと思ったのか、彼は赤くなった顔をすぐにクールダウンさせた。家に訪問→両親に挨拶→息子さんを私にください、の連鎖は今回成り立たなかったらしい。まぁ当たり前だが。

今朝都筑の家に行ったということもあり、司貴は迷うことなく都筑の家へと車を走らせていた。彼らと軽い会話を交わしながら、ふと暁斗はしおりの存在を思い出す。

鞄のファイルから親睦合宿の為に配られたしおりを取り出した。教師用のそれは生徒のものより3割ほど分厚い。部屋割やスケジュールなどが事細かに書かれている為、中はびっしりと文字が敷き詰められていた。

ページをめくり、気になっていた部屋割りの名簿を見つけ出す。生徒は男女別で、ランダムに班が作られている。クラスを越えて編成されたそれは幅広い交友関係が結べるよう仕組まれた班決めだった。

都筑は209号室か、と目を走らせながら何気なく隣のページに目を移した





【教師部屋割り】
301号室→雨宮裕子、王崎暁斗





「せ、先生?どうしたんですか?」



いきなりしおりを取り落とした暁斗に都筑が心配そうに声を掛ける。



「車に酔ったとか…」

「い…いや、大丈夫だ。気にするな」



しおりを持ち直し、平然を装う。雨宮があの時言った"楽しみ"の意味はこういうことだったのだ。

同行職員で女性なのは暁斗と雨宮のみ。生徒の手間がさほど掛からないのと宿泊先の好待遇から、もともと同行者が少なくなっているのが最大の原因だった。

いくら宿泊先の対応が良いからと言って学年の宿泊行事に同行職員が5名しかいないのは流石に不安を感じる。理事長は他の用事で忙しい為同行出来ず、3クラスの担任と保険医、そして体育教師が1人だなんて、本当に合宿が成り立つかどうか。

まぁそこで成り立たせるのが教師の使命なんだろう。暁斗はそう前向きに考えることで自分の危機をあまり考えないようにした。



「…そういえば、司貴。おまえは合宿に忍び込めるか?」

「えっ?司貴さん忍び込むの?」

「2人とも。俺は忍者じゃなくて執事ですよ」

「わかっている。ただ付いて来られるか聞いてみただけだ」



3日連続で昼にも異界種が現れている。二度あることは三度ある。三度あることは今後もあるということで、明日もきっと異界種は現れるのだろう。さらには合宿ということもあって宿泊先で1泊する。夜の異界種は都筑と暁斗だけじゃ退けるのも危ういのだ。彼の助けが必然と必要になる。



「流石に学園から許可はもらえないだろうから、夜になったらそっちに向かいます。屋根の上に待機してますからバレないように合流してください」

「そうか。……屋根の上…」



思わず呟くと、都筑が暁斗に顔を寄せて来た。子供特有の甘い香りがほんのりとくすぐる。



「先生、やっぱり司貴さんは忍者ですよ」

「…確かに、屋根の上なんて定番中の定番だな」

「こらそこ。内緒話聞こえてますよ」



ミラー越しに司貴が目尻を下げ笑っているのが見える。こんな会話一般人の前では出来ない為、車の中では気が緩むのだろう。

しばらく車を走らせていると、不意にスピードが落ち、車が止められた。運転席から司貴が出る。後部座席はスモークガラスなので気付かなかったが、おそらく目的地へと着いたのだろう。

ドアが開けられ、車を降りた。どうやらここは住宅街のようだ。路上に見知らぬ高級車が止まり、近所の人々が興味津々に家の窓を開け顔を覗かせている。

辺りを見回し、暁斗は"都筑"と書かれた表札を見つけた。ここが彼の家なのだ。一戸建てで、少しだけ一般より大きい住宅。王崎家と比べればやっぱり比べものにならないが、快適で住みやすそうな暖かみのある家だった。



「じゃあ僕、荷物取って来ますね」

「…待て、都筑」



家の中に入ろうとする彼の腕を掴む。驚く都筑から視線を反らし、言い辛そうに言葉を濁した。



「おまえの家は…、その…私の家と、違うようだな」

「あ、当たり前だよ!僕の家が先生と同じだったらむしろびっくりするでしょう!?」

「そ、そうか。…いや、そうじゃなく…」



なかなか言い出せない言葉が胸の中でグルグルする。長年暁斗を見ていた司貴が、代わりに心情を察してくれた。あぁ、と手を叩き、都筑にこそこそっと耳打ちする。



「えっ?じゃあ今のは中に入りたいってことだったの?」



都筑の声が少しだけ聞こえ、なんだか恥ずかしい思いをした。彼の教師としてプライドは捨てきれない。赤くなりそうな頬を誤魔化すように、腕を組んでそっぽを向く。

会話を終え、都筑が暁斗を見上げた。視線が合わせられない。彼は今絶対笑っているはずだ。

確かに実際都筑は笑っていた。分類は完全なるにやけ笑い。可愛い可愛いと心の中で大暴走しているのだ。押さえ切れていない感情がその顔に生々しく表れている。



「……」

「……」

「………〜っ、帰る!」



長い沈黙に耐えきれず、くるりと彼らに背を向ける。



「待った待ったっ」

「先生も入りましょう!僕、大歓迎ですから!」

「嘘だ!心の中では絶対笑っているんだろう!」

「わ、笑ってない!全然笑ってないから!」



そう言いながらもにやける顔は抑えられない。普段凛々しいはずの暁斗がこうも可愛いギャップを持っていれば彼でなくても大抵にやけてしまうだろう。

騒がしい玄関先に、ふとサンダルの音が近付いた。買い物かごを腕にぶら下げ、可愛いサンダルを履いたほんわかとした女性が都筑家の前に姿を現す。

あら?と聞き慣れない声。揉み合っていた暁斗と司貴がそちらに視線を向け、目が合った。大きな目をぱちくりとさせ、都筑の母親、津子(りつこ)がこちらを不思議そうに見つめている。







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