【25,身体測定は大波乱!? 】








「はい、151p」



保険委員だろう先輩の無情な通告が都筑の胸にグサリと突き刺さる。

去年より8pも伸びたのに結果としてはようやく150台。周りから聞こえて来る160、170越えの測定結果になんだが人生のどん底へと落ちて行く気がした。


今日は全学年1日を通しての身体測定となる。新入生は特に明日のオリエンテーション合宿に備えた健康診断も含まれているので行う項目みっちりの3限授業だ。

朝、ゴタゴタはあったものの司貴が無事荷物を取って来たので都筑は今自分の真新しい体操着を身に纏っている。

制服のデザインに合わせ黒と赤のアクセントが付いた白地の短パンと、胸に小さく名前が刺繍されたTシャツ。本当は長ジャージの上下セットもあるのだが、それは都筑が大きくなることを見越して二回りも大きなサイズで買ってある。脚の長さなんて今と比べれば目も当てられないほどのサイズ違いだ。

流石に4月ということもあり生徒のほとんどが長ジャージを着用している。

そう、都筑も出来れば着たい。

しかしなにせんサイズが大きすぎた。せめて上ジャージだけでもと着替えの際に羽織ってみたが、太ももまで隠れてしまい速攻却下に。女の子がそういった格好をすると可愛いかもしれないが、都筑は男だ。寒さよりもプライドが勝ち、今やその長ジャージ達は体操着袋の奥深くに粛々と封印されている。



「煉、聞いてくれよ!オレまた9pも伸びたんだぜ!」



無性に右手の握りこぶしが震える。身体カードを嬉々として見せて来る眞壁一輝にひとこぶし入れてやりたい衝動が都筑に武者震いを引き起こしていた。



「…そう。よかったね」



身長に繊細な年頃である都筑は相手の喜びに微塵も共感することが出来なかった。なんせ都筑より1p"も"多く伸びている。もとが高いというのに嫌みなことこの上ない。



「おう!ちなみに煉は何p伸びたんだ?カード見せてくれよ」

「い、嫌だよ!これは絶対見せたくない!」

「なんだよ女子みてぇなこと言って。…へへっ、隙ありぃ!」



目にも止まらぬ速さで都筑の身体カードが頭上にかざされる。今日も今日とて薄着な眞壁。下はジャージ姿だが上は都筑と同じくTシャツ一枚しか着ていない。



「あ!何するんだよ!返せ!」



にしし、と笑いながらその目がカードの数字を映した。

…しばらくして、眞壁の顔から八重歯が消える。そしてゆっくりとした動作で都筑のもとにカードが返された。



「……まぁ、あと3年あっから気にすんなっ」

「真面目に言うな!この…っ、バカズキ!だから見せたくなかったんだ!」



真顔で慰められ余計惨めになる。するとどこからか「ピピー!」と笛の音が鳴った。1−Bは初め、体育館で身体測定となっている。現在体育館には教師が2名。学年主任の武中幸一郎と、もう1人は都筑がまだよく知らない先生だった。

その見知らぬ教師から鋭い笛の音を受け思わず眞壁と共に気を付けをしてしまう。



「そこ!測定が終わったのならばすぐにマットコーナーへ足を運びなさい!」



背筋と指を綺麗に伸ばしピシッとした姿勢の男教師。今日は教師陣も動き易い服を着て来る日なのか教師の半数ほどがジャージを着用している。

やはり基が良いと違うのだろう。桃色ラインの白ジャージはHRで見た担任の黒ジャージ同様おしゃれに見える。ただジャージを着ているだけなのにアスリート並みの雰囲気だ。手足の長さがとても羨ましい。



「…厳しそうな先生だね」

「さっき他の奴から聞いたけど、あれ体育の先生らしいぜ」

「うわ……マラソンとか嫌だなぁ…」



こそこそと会話を交わしながらその教師が言うマットコーナーに移動する。そこにはすでに数十名の生徒が2人1組になって体力測定の開始を待っていた。

とりあえず都筑は眞壁とペアでマットの上に座る。担当教師は先ほどの先生だ。マットに生徒が行き渡ったことを確認すると、何故かその場でジャージを脱ぎ始めた。

数名の女子がきゃあきゃあと黄色い声を上げている。しかしそれに構うことなく白ジャージは空を飛び、その下に現れた質の良い筋肉を帯びた体。



「いいですか?腹筋を行う際に使う筋肉はここです!」



そう言って綺麗に割れた腹筋の一部を器用にピクピクと動かす。再び女子達の声が上がった。嫌がってはいないその声音に、女子は意外とこういったものが好きなのだと学習する。まぁそれもそうだ。唐突に脱いだのが整った顔の男なら女子も嬉しいのだろう。芸能人の写真集やらが好きな子も中にはいるだろうし。



「すっげー!先生かっけぇよ!」



同じく体育会系な眞壁がすぐさまはやし立てる。すると気を良くしたその教師はさらに筋肉を見せびらかし始めた。



「フッ。分かる者には分かる。それが肉体美というもの!さぁ次はこの筋肉!これは背筋を行う際に使うものですよ生徒達!」

「いいぜ先生ー!」

「もっと見せろー!」



眞壁以外の男子からも声が上がる。よく見れば女子達も目を手で覆いながらその隙間からしっかりと両眼を開いていた。



「次はここ!今回の測定に関係ありませんが主にスクワットの際使います。そしてスクワットにはさらに使うべき筋肉が!」



太ももの筋肉を見せようとなんと生徒達の前で下のジャージに手をかけた。

いいぞー、なんてはやし立てる男子達。女子達はそれを止めるなんてことはせず、固唾を飲んで見入っている。



「そう!この筋肉!分かりますね諸君!」



黄色い声がよりいっそう大きくなった。代わりに一斉にずっこける男子諸君。まさかジャージの下に膝上丈の海パンをはいているとは誰も考えていなかった。都筑もあまりのオチに眞壁と同じくマットの上を滑りこけていた。



「佐倉先生ー!何を脱いでらっしゃるんですかー!」



学年主任がようやく騒ぎに気付き駆け付けて来る。それを見て「おや」と不思議そうな顔をする佐倉と呼ばれた体育教師。



「体力測定の事前説明をしていたのですが、何か問題でも」

「問題も何も生徒の前で脱いじゃいけないってあれほど言ってるじゃないですか!今年でもう14回ですよ先生!」

「14度。私が生徒達にこの肉体美を披露した数ですね」

「その前に私が露出の注意を促した数です!さぁ早くジャージを着て!佐倉先生はあっちの担当をお願いします!」



慣れた手さばきでジャージを拾い集め、自分の担当コーナーへ佐倉を追いやる。「肉体美が!」なんて抗議を無視しマットコーナーの担当に代わった学年主任の武中。

今年で14回ということは普段からあんな風に脱いでいるのだろう。測定の説明を何事もなかったように始める彼を見て都筑はそう悟らざるを得なかった。



「えー、仕切り直して私が。ここでの測定は上体起こし、背筋、反復横跳びをしてもらいます。ペアの片方がカウント係りになり、時間になったら係りを交代してください。上体起こしと背筋は30秒、反復横跳びは1分間、ここにあるストップウォッチで私が時間を測ります。じゃあまずどちらがカウントをするか決めて、ペアの方は腹筋の準備をしてください」



佐倉があれだけ掛かっていた説明が極簡単に終えられた。いったいさっきのあれはなんだったのか。気にしてはいけないような気がして、都筑は体育館の天井に目をやる。目を遠くするとはこのことを言うのだろう。



「煉はカウントな。オレはぶっちぎりで記録を作ってやるぜ!」



やる気が先走っているのかウォーミングアップですでに腹筋を始めている体育会系な相方。スタートの合図を前に鼻息が荒い彼の脚を押さえ、都筑は声でカウントすればいいのか心の中でカウントすればいいのか迷っていた。



うーん……一輝だし、声に出して数えてあげた方が分かり易いよね。



「はい、スタート」



ピッとストップウォッチの電子音が鳴った。



「いー、」

「いち!に!さん!し!ご!ろく!ななぁ!」



都筑が1と言うよりも大きな声でカウントを始めた眞壁。それはうるさいぐらい辺りへ響き、周りの生徒数人が何事かと腹筋を中断するまでの事態に至っている。

眞壁の腹筋に合わせて都筑の尻に大きな振動が伝わる。全身全霊で腹筋をする彼を見つめ、都筑は思った。


……体育会系って、無駄にやり過ぎることあるよね。


カウントがヒートアップしている眞壁とは対照的に冷めた眼差しでその腹筋を見届ける。



「にじゅし!にじゅご!にじゅろく!にじゅななぁ!」



ピピ、ピー。



「はい終わりー。ペアの人は回数を書いて、腹筋した人は十分にストレッチしてください」



ストップウォッチからようやく終了の音が鳴り、終わりが告げられる。



「に、27だぜ煉…!ちゃんと書いてくれよなっ…!」

「27ね。うわ、カードには平均23って書いてある。頑張り過ぎだよ一輝」

「へへっ…。オレにかかればこれくらグファア!」



起き上がる際走った腹部の激痛に1つの命が儚く散った。



「…バカズキ。ストレッチしろって先生言ってたじゃん」



いくら体を鍛えていると言っても全身全霊でやれば筋繊維は傷付き大変なことになる。マットの上でピクピクしている死体の腹を突ついてみた。死体は面白いぐらいに悲鳴を上げ悶えている。

次は都筑の番だが眞壁は使いものにならないようなので、代わりに学年主任にカウントを頼むことにした。

バカな眞壁一輝、略してバカズキをマットから遠慮なく転がり落とすと、武中先生に脚を押さえてもらいスタートの合図を待つ。

腹筋なんて普段やらないものだが、せめて平均には届いて欲しいのが今の都筑の心情だ。



「じゃあ腹筋…始め!」



電子音を耳に上体を起こした都筑。それをマットに戻し、再び起こす。



だが信じられないことにその一連の動作は自分が普段体感する遥か上を凌ぐスピードで行われていた。

体が紙のように軽く感じる。いくらでも出来てしまうぐらいそれは簡単な行為だった。



「れ、煉ー!?」



まるで早送りしているように滑らか、かつ高速な腹筋に眞壁が痛みを忘れ驚愕している。都筑の外見からはとても想像出来ないそれに学年主任までもが驚きのあまり口をポカンと開けていた。

そこでようやく我に返る。

"騎士"の2文字と暁斗の顔が頭に浮かび、都筑は腹筋の速度を急速に緩めた。わざと息を切らし、疲れたフリも忘れない。

"基なる魂"の力は通常時でも体に影響を及ぼす。そのことをすっかり忘れていた都筑は、内心冷や冷やしながら最後まで腹筋を続けていた。

少ししてストップウォッチから上がる電子音。疲れたように体を起こすと、自然を装って武中に声をかける。



「ふぅ。出だしで頑張り過ぎちゃったかな。先生、僕何回でした?」

「ん?あぁ回数ね。24回でした。その年で24とは頑張りましたね。ええと、都筑君」

「えへへ。ありがとうございます」



さもペース配分を間違えた生徒の如く振る舞えば、フリーズしていた学年主任が「なんだ」とでも言う表情を見せ、我を取り戻した。

そんな武中より単純である眞壁は少々がっかりした様子ながらも腹筋のストレッチを始めている。どうやらちゃんと誤魔化せたようだ。油断するとまたボロが出そうで、都筑は今更ながらに気を引き締めることにした。








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