【4,遭遇】





「う、わ、ご、ごごごごめんなさい!」

「…少しは手加減して飛ばせ。全力にもほどがあるぞ」

「す、すみません…必死だったから、つい」

「待て、謝るな。助けようとした意志はちゃんとこちらに伝わっている。…その…すまないな。感謝する」



どストレートなお礼。そして彼女らしいどこか不器用な微笑みまで見せられてはその不意打ちに赤面せざるをえない。

発火しそうなほど真っ赤になった都筑を知ってか知らずか男は彼女に手を差し伸べていた。その手には先ほどまで収まっていた長剣はなく、瞳もやはりもとの色へと戻っている。



「おしりは大丈夫ですか?暁斗」

「あぁ、問題ない」

「腫れたら言ってくださいね。湿布貼ってあげますから」

「…それはいらん世話じゃないのか?」



訝しげに眉間にシワを寄せる先生と、燕尾服の男。仲が良さそうに見えるのは主従な間柄ゆえなのか、それともまた別の……例えば男女の仲なのか。

2人の様子からして判断は出来ないが唯一分かったことがある。

都筑がこの展開にすっかり置いて行かれているということだ。



「…先生!」



少し声を張り上げて2人の会話を中断させる。視線がこちらに向くと同時に、呼びかけた理由を慌てて探す。



「えっと、そのっ……て、手が痛くて!」



そう言って手のひらを見せる。実際それほど痛みはないが、運が良いのか悪いのかケガの見た目だけは血が滲み酷い擦り傷に見えていた。

思えばそのケガを手当てする為にここへ来た一行。当初の目的を思い出したのか彼女の顔に微かな焦りが浮かぶ。



「悪かった、すぐに手当てを…走れるか?」

「あ、いえ、そんなに急がなくても大丈…夫?」



グンと急に視界が動き、体が浮く感覚。え、と思う間もなく足早に運び出される。

平気な顔して女性に持ち上げられるとは男が廃る……というよりかは12の男子を平気で持ち上げられる彼女の方がどちらかというとおかしいのではなかろうか。

だって、こんなに細くて美人で綺麗で、いい匂いがして綺麗(2回目)な人が、46キロある僕を持ち上げられるはずが…。

頭がパニックに陥っている最中、体に伝わる振動が小刻みになって行くのが分かった。どうやら小走りになっている様子。急ぐ余裕もあるとは驚きだ。



「暁斗」



後ろから声がかかる。首を左に回せば顔に苦笑いを浮かべた男がついて来ていた。



「落ち着いて。…彼がびっくりしてる」



一瞬の沈黙。そして慌てて都筑を見る暁斗。

至近距離で目が合い、反らすにも反らせず気まずくなる。思わず愛想笑いを浮かべれば彼女は我に返ったらしく咄嗟に都筑を下ろそうとした。

しかし腕が急に緩みバランスを崩した都筑は彼女の首に必死でしがみつく。この腕を離せば地面へ真っ逆さまだ。



「ま、待って!落ちる!落ちるから!」

「く…っ」

「こらこら落ち着いて。じゃないと2人して"落ちる"ことになりますから」



首を離せば落ちる都筑と、首を離してもらえなければ窒息して落ちそうな暁斗。両者危機に陥っている中、彼だけは冷静だった。

2人に駆け寄りまず都筑を下から持ち上げる。するとバランスが保たれた都筑の腕が緩み、暁斗がその隙に体勢を立て直す。

彼の機転で2人"落ちる"ことはなくなったが、それは端から見ればとても不思議な光景だった。

子供を2人がかりで持ち上げているのだ。今日この時間でなければ必ず目撃者が出て不審がられていたことだろう。



「た、助かった…」



無事下ろされた都筑。地面が急に愛おしくなる。

対して暁斗は少し顔を赤くし、苦しげに肩で息をしていた。かなりの力で圧迫していたようだ。苦しそうな表情も流石は美人、見苦しくなくむしろ加虐心を煽る表情をしている。



「君、名前は?」

「え?」



唐突に名前を尋ねられた。とりあえずフルネームを告げれば男は下の名前で都筑を呼ぶ。



「煉。今日のことはみんなに内緒です」

「今日のこと…って」

「色々。黒い怪物や暁斗の…"先生"の力も。…ね?」



まるで口止めをされているかのようだ。いやこれは明らかに口止めされている。

口に人差し指を当てた、しっかりしてそうでどこか茶目っ気のあるこの男。そしてその男が仕えている今日から都筑の担任となった王崎暁斗世界史教師。



2人の秘密を握ってしまった都筑だが……こんな秘密、誰にも言える訳がなかった。







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