歯ブラシとブラッシング


 髪を梳く、歯を磨く。ことあるごとに、アクタベがそれをした。
「むー……」
 ななしが身を捩ろうとも、アクタベはそれを決してやめようとしない。ななしの髪を撫でながら、アクタベはブラシでななしの髪を梳く。暇を弄んだななしは、自分の頭を支えるアクタベの手を触りながら、考え事をした。
(……何か、読む方がいいかな。魔術書とか、グリモアとか……あぁ、でも。結局、アクタベさんを怒らすだけか……)
 視線を本棚へ移しても、結局は「アクタベが怒る」と言うことでななしの思考は完結する。
 アクタベへ身を預けたまま、ななしは髪を梳かれる心地よさに、うとうとと船を漕ぐ。まるで犬や猫のブラッシングをするように丁寧に髪を梳くアクタベは、伏せた目でななしの旋毛を見た。
 うとうとと、ななしの旋毛が前後に動く。それを無言で見たアクタベは、ブラシをななしの髪へ刺したまま、ななしの頭部を打った。
「いだ!?」
「寝るな。馬鹿野郎」
 まだあるぞ、と言いたげな不満を視線で投げつつ、アクタベは腰を上げる。
 ななしはアクタベに殴られた所を擦りつつも、そうと言われては致し方もない。ななしはぶぅぶぅと不満を垂らしながらも、アクタベに言われたのなら仕方がない。アクタベが移動した方へななしも移動する。だが、アクタベの方が先に、戻ってきてしまった。
 アクタベは胡坐を掻いて座り、ななしに向かってギロリと睨みながら、自身の膝をバンバンと叩く。
 ちゃっかり自分の分の座布団を取ってるアクタベにななしは不満がましい目を向けながらも、黙ってその言いなりになる。
 アクタベに膝枕をされると言う状況が、何よりも勝る欲望になっていた。
 満面の笑みで自分の膝に頭を乗せるななしを、アクタベは無言で見る。
 歯磨き粉のついた歯ブラシ片手に、ジッとななしを見たあと、アクタベは徐にななしの唇へ指を伸ばす。触れたアクタベの指先に応じて、ななしは口を開ける。アクタベはその開けられた口へ、歯磨き粉のついた歯ブラシを突っ込んだ。
「んー……」
 アクタベに歯を磨かれながら、ななしは幸せそうに目を閉じて、声を出す。
 アクタベは自分にしているときと同じような力加減でななしの歯をごしごしと磨きながら、今夜のことを考える。
――そう言えば暫く、していなかったな。
 と、アクタベは思った。
「ふ?! ふ、ふぐ、ぶふっ! げほ!!」
 アクタベが磨いた歯と歯ブラシの間で出てきた研磨剤の混じった唾液が喉に詰まったのらしい。ななしは徐にアクタベの手を掴んで、体を起こした。
 口を手で覆ったまま、素早く洗面台へ向かうななしの様子を、アクタベは黙って見る。
 うがいも口のすすぎも終えて口を拭ったななしが、のろのろと歯ブラシを持っているアクタベに近づいて言った。
「もう。……そう言えば、アクタベさん。アクタベさんはいいの?」
「は? なにが」
「歯磨き。アクタベさん、まだしてないでしょ?」
 ほら、私の歯ブラシ、持ってるし。とななしが指差す歯ブラシをアクタベは見る。確かに、これはななしの歯ブラシである。だからと言って、いつ自分が歯磨きをしていないなどと言うことになるであろうか。
 アクタベは訝し気な視線をななしに投げながら思う。ななしは真正面からアクタベの疑問を受けながら、首を傾げた。
「いいから、とっとと戻れ。まだ、途中だぞ」
「……もう、三分はしたと思うんだけど」
「十分だ」
「げぇ。長引いてない?」
「別に。ほら、さっさと戻れ。まだ途中だぞ」
「はいはい」
「『はい』は一回で十分だ」
「ぎゃあ! やめて! それはやめて!! 歯医者さんのドリル思い出すからやめて!!」
 鋭い眼光を含みながら歯ブラシを構えたアクタベに恐怖を覚えたのか、生えかけた親不知を無理矢理抜き取られて尋常でない痛みを与えられたときのことを思い出したななしは、泣いて許しを乞うた。しかし、アクタベはそれを許さない。
 ガシリとななしの頭部を掴んだアクタベは、ドリルと思わんばかりの勢いで、カシャカシャとななしの歯を磨き続けた。



back/next

/ 35
しおりをはさむ


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -