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最近骸の様子がますます可笑しくなった。



何か思い悩んでいたのはなんとなく気づいていたけど、先週ぐらいから随分晴れ晴れとした顔になった。
任務を勝手にサボることは無くなり、面倒だと嘆いていた報告も欠かさずしに来る。



極めつけは……



「明日から本部に住みます。部屋の用意をお願いしますよ。」

バサバサバサ

それはいつものように任務完了の報告をしにきたときだった。
ついでにとでも言うように言った言葉は俺にとっては衝撃的で、思わず書類の束を落としてしまった。


「骸…熱でもあるのか?」
「何を失礼な」
「だって!お前あんなに本部に住むの嫌がって…!!」
「僕にあれほど住めっと言ったのは君でしょう?今度は住むなって言うつもりですか?」
「いや、お前がここにいてくれるなら大歓迎なんだけど…何があった?」
「…君たちと馴れ合いたくはないんですけどね」


書類を集めながら骸を見ると、良く見せる嫌悪感丸出しの顔をして、あぁやっぱりまだ憎んでるのかなんて思っているとその顔が不意に柔らかくなった。


「欲しいものが出来たんです。手に入れるためにはここが一番都合がいい。」


今まで見た事ない優しい顔でそう言うと、何かを確かめるみたいに目を閉じた。
少しだけ…ほんの少しだけ、彼女を思い出すような顔だ。


「骸…お前…」
「これから少し出かけてきます。部屋の用意お願いしますよ。」


俺の話も聞かずにさっさと部屋を出て行ってしまった。
まだ骸のあの優しい顔が脳裏にちらつく。
情けないけど、動けない。


コンコン
「10代目、失礼します」
「!!あっ、あぁ隼人」


隼人が帰ってきてようやく正気に戻った俺は残像を消すため頭を振って椅子に座りなおした。


「骸がまた来てたみたいですね。最近よく来るみたいですけど、何かあったんですかね?」
「さぁ?でも今日は本部に住むっていってきたよ」
「!!…あいつ実は骸に化けた敵じゃないですか?」


隼人も信じられないみたいで、突拍子もないことを言い出した。
超直感であれは骸だと言っていても、そう言われると妙に納得する。
骸とはどういう関係であれ10年程の付き合いだ。
だからこそ、どれだけマフィアを憎み、嫌ってきたか分かっている。
その骸が自分から進んで俺たちに関わろうとしている。
それが嬉しくもあり、恐怖心を煽るには十分だった。
思いたくはないけど、また10年前と同じことが起こったらどうしようと思う自分がいる。


「「……。」」
「骸様…好きな人…できた」
「「!!?」」


隼人との間に少し沈黙が出来ていると突然俺たちとは別の声がした。


「クローム!?いつからそこにいやがった!!」
「今…」
「ハァ…クローム、いい加減幻術で気配消して入ってくるの止めてくれない?」
「骸様が…こうやって入れって…」
「それは敵のアジトとかに潜入する時だ!10代目の前で気配消してどうするんだよ!!」
「でも、骸様が…」


声の主はもう一人の霧の守護者クロームだった。
クロームはよく骸に入らない知恵を付けられて、こういうことはよくある。
骸も骸だが、それを悪びれもせずに実行するクロームもなかなかだと思う。
今も隼人にぐちぐちと説教されているクロームは何が悪いのか全く分かってなさそうだ。


「隼人、もういいよ」
「しかし10代目!」
「それよりも、今はクロームの話が気になるんだ。クローム、骸に好きな人ができたって本当?」
「最近…骸様が花の匂いをつけて帰ってくるから…聞いてみた…そうしたら『自分にもまだ恋愛感情があったみたいだ』って…」


隼人が心底驚いた顔をしている。
俺も表情には出てないが、内心は尋常じゃないぐらい驚いていた。


「骸様の好きな人…たぶんこの近くにいる…」
「だから本部に住みたい…ね…」

思わず苦笑する。
好きな人が出来て、丸くなるなんてどこの少女漫画だって思う。
でもそうか…骸が恋をねぇ…


「なんか俺、寒気してきたんですけど…」
「あはは、意外すぎてびっくりだよね〜」


微笑ましい…違うな、なんだか巣立ちする雛を見た気分だ。


「でも、大丈夫ですかね?相手が一般人でしたら、危険ですよ」
「俺は応援するよ」
「ボス…」
「あの骸が大切にしたい人を見つけたんだ。邪魔するなんて野暮だろ?」


一般人と関わることは裏の人間からすれば褒められたものじゃない。
でも、骸が変わろうとしているのを俺たちが邪魔をする権利はないんだ。
それに裏の人間が一般人と結婚するのはそんなに珍しいことでもない。
実際俺の両親もそうなんだから。


「骸にはしばらく遠方の任務は控えてあげようかな」
「本当…?」
「うん、骸にバレたら怒られそうだから内緒な」
「ボス…ありがとう…」


クロームは嬉しそうに部屋を出ていった。
隼人は煮え切れない顔で俺を見ている。


「10代目…いいんですか?」
「大丈夫、他の人がカバーできない仕事量じゃないから」
「そうじゃなくて…!!また、あの時の同じことになったら…」
「俺たちが注意していれば済むことだろ?もう、子供じゃないんだ。」
「しかし!!「隼人」


興奮してきた隼人を無理矢理黙らせる。
隼人に向けていた目を窓の外に向けると、今出てきたのか骸が見えた。


「あの時俺たち…俺は過ちを犯した。大切な女の子をこの手で殺したんだ。」


両手を見つめると今でも幟歩の感触があるみたいだ。
鮮明に覚えてる記憶は何度思い出しても色褪せることはない。
俺をいつまでも縛り続ける咎の鎖。



「骸には俺みたいになってほしくない…」



鎖に縛られて身動きできなくなるのは俺一人で十分だ。



「大切な人と結婚して、子供を産んで、幸せになってほしいんだ」



俺が出来なかったことを骸にしてほしい。
これは完全に俺のエゴだ。
自分が彼女にしたことを骸を幸せにすることで帳消しにしようとしている。


「10代目…」
「ごめん、隼人。少し一人にして…」


見ていた手で顔覆う。
幟歩のことを思い出す度、心が醜く音をたてる。


「10代目、過ちを犯したのは俺も同じです。一人で背負わないでください…」


部屋を出ていく直前そう隼人は言うと静かに扉を閉めた。


「無理だよ、隼人…あれは俺の罪だ。」


幟歩を疑い始めたのも、殺そうとしたのも全部全部俺が始まりだった。
共犯?そんなわけない俺は彼らの優しさに甘えて無理矢理罪を背負わせただけだ。


「幟歩…ごめんね幟歩」


窓に縋っていた身体をズルズルと下げていく。
涙は出ない、でも心が死ぬほど痛い。
これは彼女の呪い、いつまでものうのうと生きている俺への罰だ。


「一生許さなくていい、でも…俺を早く殺してくれ…幟歩」




君がいない世界は俺には地獄なんだ。




La Sua catena〜君の鎖〜
(そのまま俺を絞め殺してくれたらいいのに)


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