17



チキ…チキ…チキ…


カッターナイフを出したり、収めたりを繰り返す。
そうやってると心が落ちつく気がして何度も何度も同じことをした。


「沢田、そろそろ行こうぜ」
「あ、うん…」


激しく打つ心臓とは裏腹に俺の頭はみるみる冷えていった。
視聴覚室に向かう足は思った以上に軽くて、京子ちゃんのこともリボーンのことも考えることは無かった。





「馬鹿の一つ覚えみたいにようやるなぁ」
「うるっせぇ!!お前だってまだ西園寺のこと虐めてんだろ!!!」
「はぁ…もう弁解するのもめんどい」


なんでこんなにコイツは堂々としているんだろう、西園寺さんを虐めて京子ちゃんや黒川にも酷いことをして、罪の意識というものはないのだろうか
それなら人間失格だと言えるほど最低な奴だ




それか本当に何もしていないか……




「(!!−−そんなことあるわけないだろ)」


頭を振って思考を飛ばす、
俺と一緒に来たのは6名程のクラスメイトで、今は黒羽に浮かぶ限りの酷い罵声を浴びせていた。
それでもアイツは飄々と、まるで何でも無い会話聞いてるみたいに眉一つ動かさずにその場にいる。
まぁこれはいつもの事だから今更気にしない。
口で駄目なら暴力だと、手が出るのはいつものパターンだった。
それでも沈黙を守り通すのも知っているから、今回はカッター持参でということになった。


「クッソ!相変わらずムカつく奴だな!!」
「もういいだろ?やっちまおうぜ」


チキチキチキ
あーあ、キレちゃったよ
目の前まで刃物をつけられたら黒羽でもうろたえるぐらいするだろうな
俺以外の奴が全員刃を出し終えると、黒羽の眉がやっと一回動いた。


「刃物はやりすぎ…」


足を少し後ろに下げて懸命に距離を取ろうとするアイツを見て心がすっと軽くなる。


そうやって怯えて、自分が何をしたか思い知ればいい。


「じゃあまず、腕からいこうか」
ザシュッ
「いっ……!」
「えっ…?」


気がつくと黒羽の右腕に小さな傷が出来ていた。
脅すだけじゃなかったのかよ…
本当に切りつけるとは思ってなくって驚いている間にもみんなは平然と黒羽に刃物を振り上げていた。
血が飛び散る。
少量の血でもそれは生生しい存在感を放っていて、床や壁に落ちるたびに俺の身体が震えた。


「うっわ、血付いた。きったね!!」
「なぁこれじゃあ傷浅くね?」
「もっと切ってみるか」


目の前の光景に眩暈がしてきた。
黒羽の小さな呻き声と皆の楽しそうな声が頭の中で反響して気持ちが悪い。


「沢田、何ぼーっと突っ立ってんだよ!早くやれよ!!」


取り囲んでいたうちの一人が声をかけてきた。
イラついたように促してくる奴を見ると黒羽と目があう、恐ろしい程黒く澄んだ目だと思った。
俺の行動一つ一つを咎め、諭すような目だとも思った。
自然と口が開き、拒否の言葉が出てくる。


「でっ出来ないよ…」


これ以上はもう止めよう、目立ちすぎるとヤバいから、そう続けようとした。
喉を引きつらせながら吐きだそうとした声を止めたのはクラスメイトの小さな舌打ちだった。


「っんだよ使えねーな!!」
「ダメツナはダメツナのままってことだろ」
「そんな言い方っ!!」
「最近俺らのボス面してるみてぇだけど、ありえねーから」
「お前なんて獄寺と山本がいなかったら誰も相手にしねーよ!!」


イラついたように促してくる奴を見ると黒羽と目があった。
真っ直ぐにみつめてくる目に今までに感じたことない恐怖が湧き上がってくる。
俺を見てくる非難の目と澄んだ目に変な汗までかいてくる、息も上手く出来なくて水の中にいるみたいだ。
手元のカッターが反射で鈍く光ってその存在を色濃く俺に示していた。


「うっうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


急に黒羽もみんなも怖くなってカッターナイフを投げだして視聴覚室を飛び出した。




走って走って、ついた先はいつもの屋上。
誰もいない屋上で、出来るだけ日が当らない陰に行き何度も何度も両手を擦り合せた。
震えている手を握りしめて座り込んでも、恐怖はなかなか拭えない
どうしてみんな平気で切りつけられるのか、刃物で怪我させるなんて犯罪じゃないか、なんでそんなことが出来るんだよ!!!
頭の中でさっきの光景と一緒に色んな言葉が出てくる、その中で最初にカッターを持ち始めたのは俺だと思いだした。


「っ…!俺は関係ない、関係ない、関係ない…俺は悪くない!!」


俺は持って脅すだけに使おうとしてたんだ、勝手に切りつけたのはあいつらだ。
頭を抱えて蹲る
そうしないと勝手に湧き出てくる罪悪感や恐怖に押しつぶされそうだった。


ガチャ
「(ビクッ!!」


突然開けられた扉に必然的に肩が上がった。
もしかしてクラスの奴らが俺を咎めに来たのか、それとも獄寺くんや山本が心配して来てくれたのか、どちらにしても怖くて頭なんて上げられそうもなかった。
その間にも足音はだんだんこちらに近づいてくる、
もう駄目だと頭の上の手に力を込めた。


「ん?なんじゃ沢田か」
「……黒羽!?」


頭の上からなんとも呑気な声が聞こえ顔を上げるとそこには俺が今一番会いたくないやつ…黒羽がいた。


「急にどこに行ったかと思えばこんなところにおったんじゃな」
「何しに来たんだよ!」


俺は獣みたいに警戒心たっぷりで声を張り上げても黒羽は気にしてないとでも言うように慣れ慣れしく俺の隣に座ってきた


「何って…どっかの誰かさんらに傷つけられた傷を癒しにきただけじゃ」


どうやってあそこから抜け出したのか、何でここに来たのか、聞きたいことはある。
でも、体中の擦り傷を見ると何も言えなかった。


「今日のも沢田の指示なんか?カッターで切られるなんて思ってなかったからビビったわ」
「……本当に使うなんて思ってなかったんだ」


傷ついた体を見たく無くて目を逸らして言うと必死に言い訳してるみたいだ。

かっこ悪いな、俺…
なんで思い通りに行かないんだろう…やっと友達も出来て、皆の中心になれてこれから楽しい生活になると思ってた、でも実際俺の扱いは一つも変わってなくて
ただ都合がいいように振りまわされていただけだった。


「沢田、人に合わせてばかりは辛いじゃろ?」


ふいに隣に座った黒羽が俺に視線を合わせずにそう言った。
その何もかも分かっているみたいな口ぶりに心底腹が立つ。


「お前に…お前に何が分かるんだよ!!」


ダメツナと呼ばれて平気なわけがない、このままでいいなんて思ったこともない、ただ…ただ一回でいいから人に囲まれて俺の存在を肯定してほしかっただけなんだ




「分かってるんだよ!お前が何もしていないことぐらい!!分かってんだよ、みんなが俺を口先だけで頼っていたことぐらい!でも仕方ないだろ!!俺は、ダメツナだから、こうでもしないとみんなの輪の中には入れないんだ!!」




本当は全部知っていた、黒羽が嵌めれていたことも京子ちゃんと黒川が俺に何を訴えていたのも、




西園寺さんが…仕組んでいたことなのも。




最初は本気で黒羽が京子ちゃんたちを傷つけたと思っていた、でもよく考えれば可笑しい点なんていくらでもあった。
それを言わなかったのは、あの日あの場で俺のとった行動でクラスメイトが俺を輪の中に入れてくれたからだ。
初めて俺の意見を聞かれ、俺に指示を仰いでこられて真実を言おうなんて気持ちは掻き消された。


「ずっと”みんな”の中に入れなかったから、嬉しかったんだ…ここにいたいって思ったんだ…」


知らないフリをしていれば俺は輪の中に居続けられる、
知っていることに蓋をしめて黒羽を犠牲に俺は”みんな”の中にいることを選んだ。
涙が次から次へと溢れてきて薄暗い陰に模様を作っていく、蓋で閉めたものがこぼれていくみたいだった。

黒羽はそんな俺を無言で見てきた。
ただ何も言わず、じっとあの黒く澄んだ目で見てくる。

そしてふっと笑った。


「……この前リボーンと名乗る赤ん坊がうちのところに来た。沢田は今何も見えていないだけだから、いつか必ず自分のしたことに気づくはずだからその時は許してやってほしいと頭を下げてきた。」


えっ、リボーンが…?
あの横暴な家庭教師が俺のために頭を下げた?
信じられなくて涙も引っこんで茫然と間抜けな顔になる。


「京子もうちが毎回呼びだされた後わざわざお前の弁解をしにくる。本当は優しい人なのだと、自分が説得するから待っていてほしいと…いつもいつも必死に言ってくる」


最近ずっと避けられていたからもう俺のことを見限ったと思っていた。
でも京子ちゃんはそれでも俺を信じてくれていたのか…?


「沢田の言ったことは理解できる。誰でも”みんな”の中に入れない”ひとり”にはなりたくない」
「でもそれは自分を押し殺してまで手に入れないといけないものなんか?本当の自分を分かってくれる人を切り捨ててまで入らないといけないものなんか?」


真剣な顔で胸倉を掴み上げられる。
ぐっと近寄った距離では黒羽の黒い目が鮮やかに見えた。


「沢田、よく考えろ。お前が大切にしないといけないのは仮初めの居場所か、それともお前を信じてくれる人間なのか!!」


掴みあげられた手を無意識に握った、温かい人の体温だった

目を閉じると思いだすのは今までの出会い、リボーンと出逢ってめちゃくちゃな日常になってしまったけど色んな人と出逢えた。

ダメツナでも受け入れてくれたのはあの人たちだけだった。

もう涙は零れない、目を開けて俺も真っ直ぐ黒羽の目を見た。




「俺は…仲間を守りたい」



「信じてくれる仲間を信じたい!!」


本当の気持ちを吐きだすと憑き物でも落ちたみたいに胸がすっと軽くなった。


「よう言った、それでこそ男じゃ」


にっと笑った黒羽の笑顔は青空によく映えていてまるで太陽みたいだと思った。




「ごめん…知らないフリしてて…」
「別にええよ、薄々気づいてたし」


授業が始まった学校は静かなもので穏やかな風が吹く中俺は黒羽に沢山話した。
俺の醜い気持ち一つ一つを黒羽は嫌な顔せずに真剣に聞いてくれた。
最後に謝ると何でもないみたいに軽く答えてくるから罪悪感が湧いてくるのと京子ちゃんがなんで慕っているのか分かった気がした。


「…ありがとう」
「でも、ムカついてないわけないから………



一発な」




「へっ?」
バキッ
「(女子にグーで殴られた―!!!)」
「これで許しちゃる」


不意打ちにも程がある、
突然殴られて俺の顔は赤く腫れたが悪戯っぽく笑っているのを見ると俺も自然と笑えてきた。


ガチャ
「皐月!!」
「ひっ雲雀さん!?」
「おー雲雀、遅かったな」


珍しく慌てた様子の雲雀さんが入ってきて驚いた。
驚く俺を余所に呑気に黒羽は挨拶をしてるのにも驚く。
2人が仲がいいのは知ってたけど、相手はあの最凶の不良だぞ?


「これじゃあ保健室にも行けないし、一応雲雀を呼んどいたんじゃ」
「…君から急に刃物なんてメールがくるから何事かと思ったよ」
「携帯は苦手なんだ」
「それはもういいけど……なんで沢田綱吉もいるの?」


めちゃくちゃ怒ってるーーーー!!
黒羽と話していたときとは一遍して黒いオーラを纏いながら得意のトンファーを構えてきた。
前はあんなに平気だったのに、いざとなるとやっぱり怖い人だ。


「返答しだいでは…咬み殺す」
「ヒーーー!!!」
「いくら雲雀でもうちの友達を傷つけたら怒るぞ」
「えっ…」


友達なんて言われるとは思ってなかった。
俺は今まで酷いことばかりしていたのに友達って言ってくれるんだ


「黒羽…」
「僕の前で群れるつもり…?」


感動して涙が出てきそうだ。
でもそれと相反してますます黒くなっていく雲雀さんに目を向けてほしい。

ちらっ

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ


「(あ、俺死ぬかも…)」
「雲雀、腕が痛い」
「……今日は見逃してあげるよ、沢田綱吉。でも次はないから」


肩を支えながら屋上から出ていった2人を見送って、また笑えてくる、今度は苦笑の方だけど
あんなに独りを選ぶあの人がまさか優しい表情ができるとは…


「変わるもんだな…」



今日は色んな事があった、まずはリボーンにでも話しに行ってみようか
たまには俺がエスプレッソでも入れてあげてさ

晴れ渡る大空を見てただそう思った





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