novel | ナノ
夜明け前の攻防



五年生が六年生と合同で実習を行うことになった。

身分の高い姉妹の姫君とその護衛を装い、とある城の中の見取り図を作成する事が課題である。

六年生は立花仙蔵先輩。
五年生は自分に決まった。

少し緊張しながらも互いに手を取り隣り合って歩く。
女人があまり健脚では可笑しいからと普段より歩行はゆっくりと。
歩く仙蔵の市女笠の紗が揺れる。淡い桃色の紗の影が仙蔵をより一層美しく見せた。
深窓の令嬢如く後ろを振り向く姿も絵になること。

「兵子、疲れてはいませんか?」
赤い紅の付いた唇から紡がれる言葉。兵子もとい兵助は思わず見とれてしまう。
「大丈夫ですわ、仙子お姉様。」
小さく微笑むようにして返答すれば同じように微笑んで仙蔵は“仙子”になって言った。
「もう少し頑張りましょう」
早朝に出発し歩き通し、加えてあまり着なれない女装束。着物の重みに兵助の額には玉の汗が浮かんだ。横を歩き手を繋ぐ人は颯爽としており、慣れを感じさせる。
(…暑いな。)
兵助は心の中で一人ごちて、真っ直ぐに足の歩を進めた。
昼近くになり一度休憩の為に茶屋に立ち寄った。市女笠を取れば、汗で張り付いた前髪が風に揺れた。

「風邪を引くといけない。」そう言って、仙蔵は柔らかい手拭いを兵助の額にポンポンと押し当てた。
「ありがとうございます。」赤くなったと思われる顔で礼を口にすれば、おどけたように仙蔵は仙子になって言った。
「かまわなくてよ、兵子。」
思わず笑い声を漏らし、兵助も答えた。
「はい、仙子お姉様。」

化粧を手直して再び市女笠を被る。兵助の紅は衣と同じ桜色だ。可愛らしく加えて上品に映る色に兵助の姿が際立った。
他の五六年も立ち上がり店を後にした。先を行くのは潮江先輩と三郎だ。仙子お姉様もとい立花先輩と自分の傍らには食満先輩と善法寺先輩に勘ちゃん。少し離れた後ろには中在家先輩に七松先輩、雷蔵とハチ。こんなに大勢の合同実習。護衛役の多さに改めて驚きながらも高貴な人は大変だなあと兵助は思った。

気付けば空は藍色になろうとしていた。予定よりも大分道程を進んだので明日はもう少しゆっくり進むらしい。旅の疲れを癒すため地図に記されていた宿に一晩泊まることとなった。部屋は三つ。高貴な姉妹の姫が従者と部屋を共にするわけにはいかないので、それを踏んでの事なのだ。
と言うことは…

(久々知は私と同じ部屋だぞ)
もしもの事を想定し自分と立花先輩の泊まる部屋を挟むように右側は六年生、左側は五年生が使うことになった。夜も更けた頃地図を見ながら明日の経路を確認した。入念な話し合いの後は武器の手入れをし各自の部屋に下がった。
横になった布団は柔らかく疲れた身体を包むには丁度良く肌触りの良さが眠気を誘った。
横に並ぶ二つの布団。
「灯りを消すぞ。」
「はい。」
蝋燭の小さな灯りが消える。「おやすみ、久々知。」と言われれば消え入りそうな声で精一杯に返事をする。クスリと笑ったような音が聞こえたのは空耳かもしれない…。

床に入ってから幾度となく寝返りを繰り返した。体は知かれている筈なのに頭は研ぎ澄まされた刀の刃ように冴えている。
「眠れないのか?」
何回目になるのか分からない寝返りを打つと声をかけられる。
「すみません。」
「どうした?久々知。」
問いかけには素直に答えた。
「多分緊張してるんだと思うんです、すみません。俺…」恥ずかしげに理由を口にすれば相手は小さく笑った。
「お前、案外可愛い奴なのだな?」

クスクスと肩を震わせる仙蔵に兵助は赤面する。
その瞬間、のそりと仙蔵は立ち上がり兵助の布団に近付く。
「人肌に触れれば、温かろう?」
自分を上から挟むように両手を顔の傍に置かれた。至近距離の視線に兵助の心臓は高鳴った。目が合った時唇を近付けられた。そのまま唇を押し当てられ接吻される。
「これは眠りを妨げた罰。」暗闇の中でも分かる形の良い唇で紡いでもう一度唇を押し当てられる。
「これは姉から妹へ、な。」
半ば呆けるいる兵助の髪を仙蔵が撫でた。
「柔らかいな、お前の唇は」「あの、立花先パ…」
「もっと堪能したいが、明日に差し支えるからな。」
優しい手付きで髪を撫でられ額に接吻される。
「おやすみ、兵子。」

仙蔵は音もなく床に入り静かな寝息をたて始めた。
眠る仙蔵の顔を凝視していたらだんだん瞼が下がってきた。いつのまにか兵助自身も夢の中へ微睡んだ。


「あれ、今日は紅一緒?」
伊作の問いかけに仙蔵は口に弧を描き、兵助は頬を染めて俯いた。

それは赤よりも薄く桜色よりも濃い、中間色であり二つの色が絶妙に溶け合った美しい色だった。



忍務は無事成功。
そして学園では姉妹役になった二人が手を繋ぐ姿が見受けられるようになったと云う。










--------------------------『一輪の花』様提出。
相楽様、素敵な企画をありがとうございました!!

2011.8.24 雪瑳







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