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「おう」
「あ!潮江部長、おはようございます」
「今日も一番乗りか、偉いな」
「いやあ、朝起きるのが得意なだけですよ。それに、私運だけは良くて、信号待ちもほとんど無いし、いつも行く人気のカフェも割と並ばずに買えてスムーズに会社に来れちゃうので」
「その運、何故か謎の電波で携帯が壊れてアラームが鳴らずに寝坊が9割、その中で寝坊せずにすんだ1割の日には信号待ちは絶対、会社に着く直前に重たい荷物を目の前で運んでるばーさんに遭遇して助けずにはいられずに結局遅刻しちまう伊作に少しは分けてやってくれ」
「あはは、できる事ならそうしたいんですけどね。あ、今コーヒー淹れますね」
「おう、ありがとう。…ところで、この前言ってた焼き鳥の店なんだが」
「ん!良いところ見つかりました?」


週5日。
好きな人と会えるこの時間。この空間。
私はこの職場が好きだ。


「え!じゃあ好きな人と毎日会えるんだ?」
「まー、片想いなんだけどね」
「いいなー、幸せじゃん!羨ましー」
「そんな事ないよ、忙しいしずっと顔合わせてるって訳じゃないから」

長い付き合いである友人との久しい集まりでの華やかな話にえへへ、と軽く笑って否定したものの、友人の言う通りだ。好きな人と同じ職場。それだけで生きる気力が漲り仕事も頑張れる。勿論、仕事内容も好きだからこそ続けているのが大きな理由ではあるのだけれども。(好きな人がいるとより一層頑張れちゃうよね)(同じ職場でなくても好きな人がいるってだけで十分な活力なんだけども)

「でも片想いって言う割に、ご飯行ったりしてるんでしょ?」
「まあね」
「しかも毎日連絡とってて?」
「…喜ばしいことに」
「また次のご飯の約束してて?」
「…僭越ながら」
「え、待って待って?片想いじゃなくない?」
「いやあ…どうなんでしょ」
「話聞く限り、そんなにチャラそうな感じでもないし」
「まー仕事に真面目で、プライベートもしっかりしてる方だと思うよ」
「えっ絶対いけるじゃん!チャンスじゃん!」
「…だったら嬉しいなあ」
「大丈夫だって!頑張りなよ!応援してるからさ!」
「えへへ、ありがと」

まるで自分の事のように嬉しそうにはしゃいでくれる友人に嬉し恥ずかしいような、そんな気持ちではにかんでみる。



「じゃ!好きな人と、がんばってね!」
「うん!ありがとー」

友人との女子会を終え、帰宅がてらにしまっていた携帯を取り出すと通知が一件。口元が緩むのがわかるくらいににやける私は周りにバレないよう平静を装い、メールを開いた。送り主は、予想通りの潮江部長である。内容は何てことない、他愛もないもの。(たまーに、ちょっと期待してしまいそうな、内容もあるんだよね…)(確信はないんだけども!)そんなメールが、四六時中ではないにしろ、朝起きてから、夜眠りにつくまで続いたりする。それが、とても嬉しくて、心地がいい。

まだ出会って間もない頃からは想像出来ないほどに、親しくなって、まさかこんなにも連絡を取り合える仲になれるなんて思ってもみなかった。

「ただいまー」

誰もいないと分かりきった一人暮らしの家に帰り、幸せな心地でベッドにダイブする。あれから間隔を空けては何度も続くメールのやり取りに再び向き合うべく携帯を手にする。

「…ふふ、」

きっと誰かがこの場にいたら、気持ち悪い、なんて悪態を吐かれてしまいそうだ。だがそれでも構わない程に幸せな時間。
(…部長も、少しは意識してくれてるよね?ていうか…、やっぱり、両想い…だよね、?)
再三、確信などないけども、片想いが始まった時から少なくとも部長との距離は縮まっていると感じている。元々話のテンポが合うのもありコミュニケーションを取るうちに、お互いに笑顔が増えて、そこからご飯に行くようになって、今や毎日欠かさずに連絡を取り合って。

「あ、次のご飯の服決めないと」

恋はいくつになっても、どきどきして、わくわくして、少女のような気持ちになれる。あの人には少しでも可愛く映ってほしくて、お化粧や服にも気を遣って。

(…そう言えば、同じ課のユキちゃん、今日部長と楽しそうだったなあ。この前も、何かの話で盛り上がってたし、)

と思いきや、ふいに見かけてしまった嫌な場面が過ぎって少し落ち込んでしまう時もある。
(ユキちゃんも、やっぱり部長の事好きだったりするのかな…。それで、実は私と同じように部長と連絡してて、同じようにご飯行ったり、)(…さすがに、そんな器用な人じゃないよね…ってこれだと部長に失礼かな)

やきもちだって妬いてしまう、それも恋をすると仕方のない事なのだろう。

「…ふ、なーんて」

ざわざわとする嫉妬心や不安に駆られ、落ち込めば、ふいに現実が私に襲いかかる。



「そもそも、部長は既婚者なんだから、会社の人に嫉妬しても意味ないんだって」

あはは、と独り言が虚しく部屋に消えていく。


この恋に、絶対的に忘れてはならない左手の薬指にはめられた指輪が、何度もフラッシュバックする。奥さんや、3人の子供の話だって、たくさん聞いた。(3人て、今のご時世で頑張ってるよなあ)(…なに呑気なこと考えてるんだろ)出会った初めからわかりきっていた。分かっていたのに、好きなってしまっていた。別に、何かを望んでいる訳でもない。(…うそ、)(少しでも仲良く話せたらいいなとは思ってました)ただ、その願いを神様が聞き入れてくれて、仲良くなれて、かと思えば連絡をし合い、ご飯に行く仲になった。
だが誓って、身体の関係などは無い。純粋な恋だからこそ、絶対に身体の関係は持ちたくない。やましい気持ちが無い訳ではないけれど、気持ちが通じ合えたら。

「…今の関係だって、本当は良くない、よなあ」


私は、今とても幸せだ。
好きな人と、毎日顔を合わせ、毎日連絡を取り合って、話しをし始めれば長い時間楽しく笑い合えて、ご飯に行けるのだ。
(とっても幸せな、失いたくない時間)


けれど、このしあわせの裏側には、報われない恋の寂しさや悲しさ、虚しさ、そして、ここでは言えない醜い感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、背中を合わせている。

「…もっと、早く出会えていたら、」

ありきたりな、それでいてどうしようもない願いをこぼしてみたものの、私はきっとあの人と結ばれなかったんだろうな、なんてどこか確信めいた事を考えてしまう。今より幼い私と、あの人。(そもそも前の私なら、絶対好きにならなかったタイプだしなあ)(…やっぱり失礼だな私)それに、あの人も昔からあんな風ではなかったのかもしれない。私と同じようにもっと若い時があって、その時を私と知らない誰かと過ごし(もしかしたら奥さんとずっと一緒だったり…知りたくないや)、楽しい時間や苦しい時間を経て、そうして、奥さんや子供、大切な人が出来て生まれた優しさや愛情、それが滲み出た余裕のある雰囲気。そんな今のあの人だからこそ、惹かれているのではないだろうか。そんな事を考えると、

(今この時に出会えたからこそ、惹かれ合ったのかな、なんて)



「…どう転んだって、結ばれないんだろうなあ」



しあわせのうらがわで
(私は今日も、いつか来る別れを待ち続けている)



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