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するりと己の輪郭に滑る指は大切なものを触るかのような、優しく繊細な動きを見せる。次第にそれは両の手になり、私の顔を包み込んだ。

「ああ、いつ見てもとっても綺麗なお顔ね」
「……」
「ぱっちりとしたお目々に、長い睫毛、すっと通った鼻筋に、程よく膨らんだ赤い唇…」

手の主である女は、私を恍惚そうな瞳で見つめて一つ一つ顔のパーツへ焦点を当て優しくなぞる。それはとても擽ったくて、それでいて辱めを受けている様で、何だかむず痒い気分になった。

「満足か?」
「あらやだ、久々知くんのお顔でそんな言葉遣いやめてよ、」

もう十分であろうと、小さく溜息を吐き口を開けば、恍惚な表情を浮かべていた女はみるみるうちに眉間に皺を寄せ悲しい表情へと変えた。そんな女にお構いなく私は己の顔に手を添えると、少し乱雑に顔に張り付いた変装用の面を剥がした。それと同時に「あーあ…」と残念そうな女の声が耳に入る。

「もう少し見ておきたかったのに…」
「本人に頼めばいいだろう」
「恥ずかしいじゃない!」
「……」

拗らせ女め。
兵助が好きすぎるあまり、変装が得意である私に兵助になってほしいと頼み込んできたのは数ヶ月前。それから私は不定期に兵助の変装をしては、今の様に女との時間を幾許か過ごした。
特に何をする訳でもなく。
ただただ女は、兵助である私の顔を恍惚そうに眺めるばかり。変な女だ。だが、そんな女に対して、私は情けなくも一緒に過ごせる唯一の時間であると、嬉しさを覚えていた。そもそも私がこんな得にもならぬ頼み事をほいそれと無償で聞いている時点で、大体の心情は察せられるであろう。(ま、目の前の女は兵助に夢中で気付いちゃいないだろうけど)

「…でも嫉妬しちゃうわね」
「?何が」

兵助の変装のその下に常備していた雷蔵の変装の乱れを整えていれば、女は剥がした兵助の面を手に取り、小さく言葉をこぼした。そんな女の言葉に返事をすれば、兵助に負けじと生えた長い睫毛がふわりと揺れその隙間から艶めかしい瞳が私を捉えたのを確認し、どきりと胸が跳ねた。

「だって、こんなにも完璧な変装が出来るなんて、よっぽど近しい距離で久々知くんを見る事が出来ている証拠じゃない」
「…まあ、同じ学年だし他の奴らよりは、」


「とっても、羨ましい」


「!……」

私が紡ぐよりも早く、女は言葉を続けると、先程よりも鋭く私を見つめて妖しく笑った。その表情は言葉の如く嫉妬の様な、果ては憎悪さえも感じる様な、不気味さを感じさせた。そんな女にぞくりと背筋が凍る様な、そんな気分になった私は、やはり変な女だと、小さく笑って罵ってやった。

(だがそれに魅せられた私も十分におかしいのだろう)



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