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「ぎぃやああぁぁぁああ!!!」


可愛げのない野太い声が部屋中に響き渡る。




***



社会人になり、漸く念願の一人暮らしを始める為実家を出て引っ越した先のお隣さんを尋ねた時だった。

ピンポーン。

「……」

ピンポーン。

「……」

留守だろうか。

引っ越しと言えばタオルだよね!と張り切って荷造りの際に纏めたそれを手にお隣さんのインターホンを鳴らすが、反応は無い。

もう一度押してみて、反応が無ければ出直そう。
そう決意すれば、最後にもう一度だけインターホンを押した。


ピンポーン。


…ドスドスドス!

ガチャ!

「…はい」
「っあ、えっ、えっと…き、昨日から隣に越してきましたみょうじとい、言います」

恐らく留守なのだろうと半ば適当に押した最後のインターホンに乱暴に開けられた扉に思わず驚いてしまった。そして、扉の奥に居たボサボサの寝癖のついた髪を無造作に撫で回す、目の下に隈を拵えた目付きの悪い男の人を目にして唖然としたが、すぐさま我に返り言葉を発すると、男の人は表情を一つも変えずにゆっくりと口を開いた。

「…はあ」
「あ、その、あっこれ、、宜しければ…!」

反応の悪さに身体が引き下がるのをどうにか抑えて手に持ったタオルを差し出せば、男性はゆっくりと下へと視線を落とす。

「…どうも」
「あ、はい…えっと、そ、それでは」

バタン。

男の人がタオルを受け取り、私が言葉を言い終えると同時に扉は乱暴に閉じられてしまった。(な、何なんだあの態度は…!)恐らく寝ていたのだろうが、それにしても失礼ではないか。(見た目も怖そうな人だし関わらないでおこう…)お隣への挨拶ってもっと爽やかなものだと思っていたが、想像とは違った事に愕然としながら、私は自室へと戻っていった。


それから数週間。
何事もなく平穏な毎日が過ぎ、一人暮らしの生活も徐々に板に付いてきているのではないか。実家では夕飯の手伝いをしてはやれ不器用だの、洗濯は母親任せでやれズボラだのと散々罵られてきていたが、いざとなれば炊事も洗濯も毎日こなしている事に誇らしく感じる。(私ってば、凄いしっかり者じゃない?一人でも生きていけるわ)今日も今日とて夕飯を食べ終え空いた食器を洗おうとシンクで歌を歌いながら食器洗いをこなす。

「しほーろっぽーはっぽーしゅーりけん♪じょーだんっ……ん?」

いつしかノリノリになってきた頃、ふいに視界の端で何かが動いた気配がした。なんだと水を止め、気配を感じた先に視線を向け、正体を探す。カーテンが揺れただけ?何かが落ちた?それとも…。



「ぎぃやああぁぁぁああ!!!」



そして、その正体を突き止めるや否や、冒頭のけたたましい叫び声を発した。
黒く蠢く楕円の物体。そしてその先端には2本の触覚。

「〜〜っ!!?!?」

比較的都会で育った私にはあまり免疫のない生物で、遭遇する度に顔面蒼白にして喚き散らすしか術が無かった。そして今なお、同様に動けずにいる。
だが、今私は絶賛一人暮らしなのである。このまま過ごそうとも誰もこの部屋には踏み入る事がない。と、なれば。

始末するしかない…!

その言葉が脳裏を過り、固唾を飲み込むと、履いていたスリッパを片方脱ぎ手に持った。強ばる足を恐る恐る物体へと進める。壁に張り付きこちらの様子を伺う様な物体を間近で観察していれば、ぞぞぞ、と悪寒が走る。


ササッ!


「!むりいいいぃぃ!!!」


その瞬間、物体が素早く動くと同時にこれでもかという程に飛び跳ねると一気に玄関まで後退り、勢いよく扉を開けて避難した。

「はあ、はあ…!」

これだけで疲労困憊、息が上がるのを必死に落ち着かせていれば、ふと視線を感じ横へと首を動かした。


「…どうも」


すると、そこには仕事帰りなのか、相変わらず目の下に隈を拵えたスーツ姿のお隣さんがポカンとした表情で私を見て小さく言葉を発した。ええいままよ。

「っあの!!!虫!!いけますか!!??」
「は?」




「終わりました」
「!よ、良かったあ…!あ、ありがとうございます…!本当に助かりました…!」
「…別に」

あれからかくかくしかじか必死に事の経緯を話し、お隣さんを部屋に招き入れ、私だけ玄関先で待機していれば、部屋の奥からお隣さんの言葉を聞きドッと安堵を漏らした。

「あの!お詫びに夕飯のカレー余ってるんでいかがですか?ちょっと甘口なんですけど」
「…いや、結構です。あと、あんまり知らない男を簡単に部屋に上げるのはやめた方が「やっぱり辛い方がお好きですか!?だったら辛めに調整しますんで!」、いやだから「お茶は麦茶なんですけど大丈夫ですか?日本人はやっぱり麦茶ですよね!」お「あ、そこ座ってて下さい!」…」

お隣さんが言葉を発しているにも関わらず、私にとっては一大事とも言える危機が去った多大なる安心感から、ベラベラと喋り倒せば、すっかり黙り込んでしまう。

「?どうしました?…あっ!もしかして、烏龍茶派ですか…!?」
「…ぶっ」
「!」

漸く異変に気づき、私がもしや烏龍茶派だったかと心配する言葉を発すれば、ついにお隣さんは吹き出す様に笑った。そんなお隣さんに、四十ほどのおじさんだと思っていた姿なりが、笑えばどこか幼さが垣間見えて思わず目を丸くした。

「変な奴…」
「…え!私がですか?」
「いや、気にするな」
「はあ…(気になるんだけど。そもそも第一印象から変な奴そうなのはどちらかと言えば、あなたなんですけど…まあでも、とりあえず虫を退治したお礼しないといけないし…)えっと、烏龍茶買ってきましょうか…?」

再び烏龍茶派なのかと買いに行こうかと聞けば、お隣さんは相変わらず笑いを溢したまま、首を横に振った。

「麦茶で大丈夫だ」


それが、私と、潮江さんとの出会いだった。



すべてのはじまりは憎きあいつ

(え゛!!25歳……?(3つしか変わらない…!?))
(…文句あんのか)
(イエ、滅相モゴザイマセン…)




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