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なんだか気持ちがいい。
水の中に浮いている様な、心地よさに全てのことがどうでも良くなる。


あたしは何をしていたんだっけ。

ああ、そうだ。
川で小さな子供が溺れかかっているところを助けようと飛び込んだのだ。

それから、…それから?

川辺で涙ぐむ母親らしき女性が溺れていた子供を抱きしめている光景が断片的に思い出されるとああ、恐らく助ける事が出来たのだろうと考える。
けど、あたしはどうしたのだろう。
岸にあがった記憶も無ければ、その後の事は何も覚えていない。そうすると、あたしは川の中にいるままだ。
ああ、きっとあたしは上がれなかったのだろう。
確信的に思えたそれはすんなりとあたしの中に溶け落ちた。

死ぬのだろうか。

そんな事すらも考えるのに、不思議と焦燥感も無く、ただただふわふわした意識に心地よさを感じている。
おかしな話だ。
いや、そうとも言い切れない。
昔から側にいた馴染みに想いも伝えられずもどかしく過ごす己が、この先好いた人が変われど報われる事などないだろう。

利吉。

ふいに浮かび上がる馴染みの愛しい顔に、ふわふわした意識が少し覚醒する。

こんな事なら、利吉に、好きだと言えばよかった。
ふいに襲いかかる後悔が、突如あたしの中で滲み出す。

表では綺麗な顔を崩さずに女性を虜にする癖に、あたしにはまるで幼い子供の様な取り繕いの無い憎たらしい態度。
かと思えば優秀な利吉とは違い、手のかかるあたしに利吉は何度呆れた顔で文句を垂れただろう。


――なまえ!

自信に満ちた様な声音でいつもあたしを呼んで。



「――っなまえ!!目を覚ませ!」

「…、りき、ち…?」

「!なまえ…!っお前は…、私に心配をかけさせるな…!」

それでいて、あたしの事を、いつも心配してくれて。

「…えへへ」

「…何笑ってるんだ、自分が死にかけていたっていう時に…!」


「好きよ、利吉」

「!」


あたしは水に濡れて重たくなった小袖が纏う腕を、構わず利吉の首へと回した。



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