「少し梃子摺ったが、まあ想定内だったな」
ある城への潜入に成功し、妙な絡繰であったが無事懐に密書を収めると今宵も任務完了である。
「さて、とっとと去るか」
持ち出された事を城の者に気付かれ騒ぎになる前に、さっさと此処から立ち去ろうと、予め準備していた脱出ルートを辿り城外へと飛び出した。
その勢いのまま城の周りに生い茂る木の枝を幾重にも飛び移り徐々に城から離れ、森へと差し掛かった時であった。
「あーっ!利吉くーん!」
「げっ…」
鬱蒼とする森の中で響いた聞き慣れた声に思わず表情が引き攣った。やはり、現れたか。そう思い、辺りを見渡せば、ふいに感じる背後の気配に瞬時に構えた苦無を振り上げた。
「ちょっとちょっと、当たったらどうするの!」
「当てようとしているに決まってるだろ!」
「やだーっ、か弱い女の子に暴力なんて」
我ながらキレのあった苦無を避けた女は、か弱いアピールかの様に態とらしく目をうるうると潤ませ両腕を体の前で合わせた。(所謂"ぶりっ子ポーズ"というやつだ)
「っプロのくノ一にか弱いもクソもあるか!」
そんな目の前の女に再び顔を引き攣らせると、女目掛けて今度は苦無を振り下ろした。
「んもー利吉くんてば、表じゃ紳士的な態度で女の子を弄んでる癖に、実は乱暴的だったなんて。言いふらしちゃおっかなー」
「うるさい。何の用だ」
先までか弱いと散々アピールをしていた癖に今度は懐から取り出した手裏剣で真正面から苦無を受けるとまるで意地の悪そうな笑みで笑っている。そんな女にお構いなく大体の見当は付きながらも話を切り替えると、女は今度はにっぱりと元気な笑顔を見せた。(相変わらず表情豊かな女だ)
「密書取ってきたんでしょ?それ、ちょーだい」
「い、や、だ!」
やはり、ドンピシャであった。女はいつも私が任務を終えた頃合いにタイミング良く現れると手柄を横取りしようと私へ取っ掛かる。
「えー何で」
「何でって…あのなあ!そっちこそ何故いつもいつも、私から手柄を横取りしようとするんだ!」
「え?だって利吉くん、いつも私に手柄をくれるんだもの」
さも当たり前だと言った様にきょとんとした顔でこちらを見た女にカッと顔が赤くなる。
「っ好きで渡してる訳じゃ…!」
「あ、ごっめーん。もうあんまり時間無いみたい」
するり。
「っ!」
女が少し明るくなってきた空を見上げてそう言うと、突如目の前から姿を消した…かと思えばいつの間にか背後に回られ、懐を弄られていた。
「きっ君!年頃の男の懐に…っ!」
「あったーあったー。じゃ、いつもありがとね!利吉くん」
「あっお、おい…!!」
「お礼に今度デートしてあげるからー!」
「!」
そして密書を手に取った女は切り替えの早い事で、嬉しそうに手を振ると聞き捨てならない言葉を残して今度こそ目の前から姿を眩ました。
「…くそ」
あんなの、簡単に抵抗出来た筈なのに。
そう思いながら私は赤く火照った顔を冷ます為、また、最後の言葉に僅かながらも期待してしまった己の愚かしさに反省するかの如く、暫くその場から動けずにいた。
弱みにつけこむ
(何であんな女好きになってしまったんだ!)