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ずっとずっと貴方が好きだった。

「おい…?どうしたんだ!」

忍術学園に入学して、卒業を間近にした今の今まで。

「な、何で泣いてやがんだよ、なまえ…?」
「…なんでもないよ」
「なんでもない事ないだろ!」
「もー、ただ目にゴミが入っただけだから」
「…本当か?」
「本当。全く、文次郎って本当に世話焼きだよね」

一人になりたくて、長屋の屋根でぽつんと佇んでいれば、私の行動など文次郎にはお見通しと言っていいほどにすぐさまみつかってしまう。昔からそうだった。私と文次郎は同い年の筈なのに、少し(側からみれば少しではないのかも知れない)鈍臭い私に世話を焼いて、まるで妹の様に扱っていた。そんな立ち位置が居心地が良い反面、嫌だった。だから、いつかきっと文次郎を見返して妹みたいだと思わせないと、一人胸の内に決めたのだ。



―――そうして、長い月日が経った今、私達は卒業を目前に控えていた。


あの時より遥かに成長したと思う。髪も背も伸びて、顔だって、精一杯の化粧を施しそんじょそこらのくの一よりは自信がある。これなら文次郎だって、私を対等に見てくれる筈だ。


【…結、納?】
【ああ。就職先も無事決まったからな、卒業したら、あいつと結納する約束なんだ】
【…へえ、そうなんだ】


耳を疑った。
照れ臭そうにはにかむ文次郎が、文次郎でないと感じた。文次郎に、恋仲がいたなど、初耳だった。そして結納をすると固く決意する程の仲であるなど以ての外だ。

【…本当は、結納するまでは誰にも言わないと決めてたんだが…、なまえにだけは先に報告しておきたくてな】
【…そっか】

文次郎の放つ、言葉の一つ一つが胸に刺さる。


【おめでとう】


私はちゃんと、笑えていただろうか。




それからどう過ごしたかは覚えていない。
ただ、あれから何日経っても茫然とした意識は覚醒する事なく、卒業まで刻一刻と迫っていた。


「もうすぐ卒業だな」

屋根の上にたたずむ私のすぐ側まで歩み寄ってきた文次郎は、そこから見える真っ赤な夕日を少し眩しそうに眉を潜めながら見つめて呟いた。

「…そうだね」
「俺はお前が卒業してからやっていけるのかが一番不安だ」
「…ちゃんとやっていけますよーだ」
「はっ、嘘くせえ」

冗談交じりに笑う文次郎の横顔が夕日で照らされる。淡く揺らぐ風に彼の前髪が少しだけそよぐと、私の胸はより一層締め付けられた。


「…文次郎」
「ん?」
「…さっきの嘘。本当は、泣いてた」
「…はあ、やっぱりな。一体何があったんだ」

文次郎に嘘など通用しない。項垂れた頭をガシガシと掻き文次郎は私に問いかけた。


「…失恋、しちゃったんだ」


こんな事文次郎に言ったって、仕様がないのに。

「…は?な、え…」

きっと文次郎はそんな理由で私がぐずぐず泣いてる等知らなかったのだろう。思わぬ言葉に文次郎は上手く言葉が出ずにいた。何年も一緒にいたのに、こんな姿を見たのは初めてだ。(ああ、私、全然文次郎の事知らなかったなあ)

「っだ、誰だよそいつ…!」
「え?…文次郎の知らない人だよ」

こんな事言いながらも文次郎には思いを伝える気は無かった。伝えてもきっと迷惑にしかならない。それに、私ばかりが文次郎を知らないなんて思うのは、悔しかった。そんな気持ちで私は少し意地悪く笑うと文次郎は更に眉を潜めた。

「っ今すぐそいつの居場所を教えろ!なまえを振るとは…ありえねえ…」
「…え、何。文次郎何言って」
「家族同然のお前を悲しませた奴は俺が許さん!」
「……」

思わず口をポカンと開けて呆けてしまう。だが、それも束の間にすぐに笑いが込み上がった。

「っあははは」
「!?何笑ってやがんだ!」
「いや…まさか文次郎がそんなに私の事大事に思ってくれてたんだなあって驚いちゃって」
「いいから早くそいつの居場所を教えろ」
「教えてどうするの」
「俺がそいつの喉掻っ切って殺してやる!」


「…じゃあ文次郎が自分の喉掻っ切って死ななきゃね」―――なんて事は口が裂けても言えず、私は再び笑った。思ったより、心は晴れやかだった。



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