sss | ナノ


ヤッ―――てしまった……!



なんて事だ。いやなんてこったい。いやなんという事…。(言い直したところで大した差はない)



「……」



顔を青ざめさせ頭を抱える私をよそに、隣ですやすやと眠る微かに幼さの残る寝顔をちらと見遣れば、私の脳内に【オワタ】の三文字が浮上した。




―――事の発端は昨日の夜。

己が受け持つ六年生と、僕達も連れて行って下さい!とせがんできた五年生に今日は大目に見るか、なんて少し浮き足立った教師陣である私達が生徒達を引き連れ、それはそれは楽しい宴会を開いたのだ。(とは言っても場所は学園内の教師の長屋がある一角だ)

今宵は六年生と五年生が、大変重要である任務を無事に終え帰ってきた目出度い日であった。学園にとっての今後の発展途上に関わる、本当に本当に大事な任務。こんな目出度い事は滅多に無い話である。

「いやあしかし、本当にお前らは大したもんだ!」
「そんな滅相もありません」
「そうですよー!それもこれも各六年を絶妙なポジションに配置した私のお陰よねえ〜!立花くん?」
「ははは!流石はみょうじ先生!」
「あははは!」
「…なまえ先生、そろそろお酒をお控えになられては」
「そうですよなまえ先生。先生方がまるで自分の事のように喜んで下さるのは大いに嬉しいですがこれ以上は流石に…(なまえ先生は特に…)」
「んもー相変わらず手厳しいわね立花と善法寺は!いーのいーの。こんな目出度い事滅多に無いんだから!(ひょいぱく)…ん!この豆腐美味しいわね!」
「!みょうじ先生にはこの豆腐の良さがお分かりですか!」
「あら。久々知は豆腐好きなの?」
「はい!それはもう…!最近は新しい豆腐の種類の開発を試みておりまして…」
「へーっ何それ面白そうじゃない!」

ワイワイガヤガヤと賑わう中、何とも口煩い立花(お前はおかんか)と心配そうにドクターストップをかける善法寺(お前もおかんか)を流しながら何の気なしに目の前に置かれた小鉢から豆腐を一掬い口へ運ぶと、お酒を飲んで少し味覚が麻痺する中でも濃厚な大豆の旨味が口の中に広がるのが分かると思わず声を漏らした。刹那、その言葉に過敏に反応した五年生の象徴である藤色の装束が目にも留まらぬ速さで視界に飛び込んできた。私は六年生担当で余り接点の無かった久々知の思わぬキラキラした眼差しに、いつも見かける度スラリと立ち振る舞いをして真面目で優秀で落ち着いた子だと思っていのに豆腐の事をこんなにも嬉しそうに話すなんて可愛い奴だなあ、なんて新しい発見をすると思わず笑ってしまい、豆腐話に花を咲かせ始めたのだ。




そう。この辺りから、自分でもそろそろ呑むのやめないとなって分かっていた。

分かってたんだよ。


【さあ、そろそろお開きにするぞ】
【お前達も後片付けは良いから忍たま長屋に戻れ】
【はい。…あの、なまえ先生をしっかりと、最後までお見送りお願いします】
【おうおう、わかってるよ。それにしても立花は先生思いの良い生徒に育って…ったく心に沁みるぜ】
【(本当にこの馬鹿教師に任せていけるのか。…まあ、これだけ先生方がいればしっかり見張っていてくれる筈)宜しくお願いします】
【仙蔵、戻るぞ】
【ああ。それでは、今日はありがとうございました】

【おーい、兵助ー長屋に帰るぞー!】
【兵助ー?大丈夫かー?】
【駄目だ、完全に酔い潰れちゃってる】
【みょうじ先生、すみません。肩に寄りかかってこいつ…】
【いーのいーの!気にしないで!無理矢理起こしても気分悪くなるかも知れないし、起きたら水でも飲ませて私が帰しておくからさ!】
【…そうですか?】
【うんうん!だから君達は安心して長屋に帰んなさい】
【…では、お言葉に甘えて】
【今日はありがとうございました】
【私こそとーっても楽しかったよー!ねー、久々知くーん?】
【…ん、みょうじ、先生?】
【ねー久々知くん、私もっと久々知くんとお話したいんだけど、どう〜?】
【…僕も、みょうじ先生と、もっとお話したい…れす】
【よし!じゃあ立ちなさい!行くわよー!】





「……」


薄ぼんやりと蘇る記憶に一層項垂れてしまう。

確かに、久々知の今まで知らなかった可愛い笑顔だったり饒舌な一面に興味を唆られて、もっと久々知の事を知りたいと思ったのは事実だ。(それは勿論、教師である、範囲内での話だ)



それが何故、久々知の、身体、全部を…知ってしまう事になってしまった……!?




翌朝目が覚めれば、いつも通りの朝である。いつも通り自室の天井を視界に入れて、昨日の酒気に少しの頭痛と目眩に襲われながらもぬるりぬるりと布団から上半身を起こせば、有るはずのない、気配にハッとした。咄嗟に顔を横に振り向かせれば、何とまあびっくり。(童話か)上半身に藤色の装束も、中着でさえも身に纏わない白い肌を布団から覗かせた久々知が規則正しい寝息を立てて寝ていた。そして、起きた瞬間から微かに肌寒いなあと感じて視線を落とした己の身体もまた、一糸纏わぬ姿であった。(…いやもうこれ…完全に、完遂だろ…!)と言うか、朦朧とする意識の中で立花が私をしっかり見送れと言ってたのに、お願いされた奴はどうしたんだ、何で目を離したんだ馬鹿野郎。(…まあ私が覚えている限りでも教師陣もかなり酔ってたからな…見抜けなかった立花の痛恨のミスだな、バカタレぃっ(潮江風に)……ってそんな呑気な事考えてるバヤイじゃねえええええ)

「(…本当はさ、ちょーっと(?)脱いだけど実は何にもせずに寝ちゃったとかあるかも知れないしさ、まだ決めつけるのは早―――)」

「…ん、なまえ、先生…?」
「!く、久々知…」

未だ目を覚ます気配のない久々知をよそに完全にそうと決まった訳じゃないと必死に自分に言い聞かせていれば、漸く重たく閉ざされていた瞼をゆっくりと開けた久々知が、小さく私の名を呼んだ。

「あ、…すみません。少し寝惚けてボーッとしてしまいました。おはようございます」
「お、おはよう…(…あれ、何だ、何だその普通な感じは……?何故、この状況に…びっくりしてないの…!?)…く、久々知、」
「?何ですか?」

きっと覚醒して間もなくすれば久々知も焦って「ええっ!?な、何ですかこの状況!?ぼ、ぼぼぼく達何もありませんでしたよね!?そうだ、きっと無かったんだ!」「あははは!やっぱ久々知もそう思うよね!よし!何も無かったし今すぐ服着てかいさーん!!」てなる手筈だったと言うのに、何故かやけに落ち着きを払っている。そんな久々知の態度が更に私に嫌な予感を走らせる。だが、話を切り出さないと、良くも悪くも状況は進まない。そう思い、震える唇を一度グッと引き締めると意を決して再び開かせた。

「き、昨日の夜の事、…覚えてる?」

おねg「?はい、なまえ先生と寝た事ははっきりと覚えてます」即答うううううう!!!

お願いだから、覚えてない、否覚えてます僕達何事も寝ちゃいましたよって言ってくれと心の中で願う暇さえもない程に久々知は私にとってそれはもうとてもとても辛辣な返答を突き付けてきた。

「…ね、寝ちゃった…?」
「はい。寝ちゃいました」
「…そ、それはどういう意味の寝「目合った以外の他意はありませんが」ひいぃ!」

そ、そんなはっきりとどストレートに言うな馬鹿!!真っ直ぐで濁りの無い久々知の瞳にそう告げられて私の脳内には再び【オワタ】の言葉が浮上し、【教師追放】【世間からの冷たい目】【職なし】【野垂れ死】絶望を感じさせる単語が続け様に溢れ上がった。


「あああああぁぁあああ…!せ、生徒に手を出してしまうなんて……!っまだ十四歳の…子供に…!」
「合意の元ですからそんなに気を咎めなくても」
「っそういう問題じゃない事位久々知なら分かるでしょ!」

泣き出したいくらいの喚き声をあげれば淡々と返してくる久々知に八つ当たりしてしまう。すると、久々知は顔を俯かせ、何故か顔を曇らせた。

「…なまえ先生は、昨日の事全く覚えていないんですか?」
「…それはその、結構酔ってたし…、っ教師の身としてこんな事言うのもどうかとは思うけど、昔から酔いが回ると誰彼構わず絡み酒して、果てはその、も、持ち帰ってしまうから、その…、きょ、教師になってからはちゃんと制御していたんだ!流石に、生徒に手を出すなんて事絶対にあってはならない事だから……」
「…じゃあ、何で昨日は、僕を持ち帰ったんですか」
「!そ、それはその……」


久々知の真剣な表情、口調に思わず口籠ってしまった。正直、何故だか分からないのが本当のところで有る。すると、久々知は続け様に口を開く。

「…僕は誰かに言いふらしたりなんてしません」
「…そ、それはまあ久々知にとっても一番の安全策でしょうから…」
「しかし、今から僕が言う条件をなまえ先生が飲めないと言うのであれば、喋ります。まず勘右衛門に」
「!!!」

こ、こ、こいつ…!?!?きょ、教師を生徒が脅すだと…!?しかも、あまり知らないが何とも見た目的に口がかっるそーな尾浜に!!そんな奴に喋れば、きっと数刻後には学園中に広まり格好の的だ。確実なる追放が待っているに違いない。教師失格。職なし。野垂れ死。

「…ま、待ちなさい。仮に私が条件を飲めずに久々知が喋ったところで久々知だってデメリットになるでしょうに」
「何故ですか?」
「何故ですか?って…あ、あんなガサツな先生に、襲われたのかって噂されて、今後の学園生活でずっと痛い視線を浴びるかも知れないわよ?(自分で言っといて辛くなってきた)」
「構いませんよ。僕は先生を好いています。あと襲われたと言うか、半分は僕も襲ってるのでその架空の噂は間違いになります」
「!?!?」


待て。今、なんて言った?


「ところで、そろそろ条件を提示させてもらいますよ」
「!ま、待ちなさいっ心の準備がっ…!(い、一体どんな恐ろしい条件が……!)」



「僕の出す条件とは、僕とお付き合いして頂く事です」



「……は」

教師になってから、初めてこんな間抜けな声を出したかも知れない。待て。先からこいつは何を言っているのだろうか。もう既に頭は覚醒していると言うのに、まるで状況を理解出来ていない。だが、そんな中でも自分の危機的状況だけははっきりと理解出来ているのが何とも賢い人間なんだと思ってしまう。


生徒と肉体関係を持ってしまった事がバレれば追放。
条件を飲み、安堵したところとて、生徒との交際がバレてしまっても、追放。


「―――…!」



こんなに、私に、ここまで肝を冷やさせた生徒は居ただろうか。恐ろしい感覚に浸った私はいつの間にか思考を巡らせ落としていた視線をゆっくりと、上げる。


「安心して下さい。僕がちゃんと、責任とりますから」


あの時の、豆腐を熱く語っていた時と同じ様な笑顔なのに、何故だか途轍もない寒気を感じさせ、ああ、興味なんて持つんじゃなかった、と後悔した。




久々知を食べちゃった話 …… 実は、食べられた話?


(…後生だから、皆の前で名前で呼ぶヘマなんてしないでよ…)
(問題ありませんよ。仮に口が滑ってしまっても、上手く誤魔化せる自身がありますから)
(…こんな状況でもやっぱり面白い奴だなんて思ってしまった私の大馬鹿野郎)




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