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「文次郎、眠れないの」


月明かりに照らされた彼の背中にポツリと呟けば、呆れた様に息をつき困った様に笑う。

「またか。お前には困ったもんだな」


それから縁側に座る私の隣に腰を下ろすとぼんやり浮かぶ月を見上げる。

「初めて会った日も、俺が鍛錬に励んでいるところにやってきては眠れないと言っていたな」
「夜って何だか不安になるのよ。一人ぼっちみたいで」
「だから言ってやっただろう。俺は夜でもこうして鍛錬をしているから一人じゃないと」
「うん。文次郎のお陰であの日からよく眠れる日が多くなったよ」

緩やかな風が頬を撫ぜる。そろそろと夏の近づく夜の風は少し生暖かい。


「…俺が、校外実習に出掛けてからはどうだった?」


その風が文次郎の前髪を揺らせば、月を見上げる横顔が何処か切なげな表情を浮かばせた。

「…眠れなかったよ。文次郎が帰ってくるのを待ち侘びて、ずっとずっと、眠れなかった」
「……」
「…それでね、ずっと眠れないのが続いたある日倒れちゃってね、それを聞いた文次郎と同室の立花くんや、友達の食満くんや中在家くん…他の皆が毎日文次郎の代わりに眠るまで側に居てくれて、よく眠れる様になったんだ」
「…そうか」
「皆優しいね。文次郎が居なくなっても、一人じゃないって、励ましてくれたの」
「…良い奴らだろ、偶に癪に触る奴もいるが」
「ふふ。うん、とっても良い人達だよ」
「…結納は、したのか?」
「…ううん。私と一緒になりたいって言ってくれた人も居て嬉しかったけど、断ったよ」
「…俺の事なんて忘れて良かったんだぞ」
「…文次郎以上に、愛せる人なんていないよ」

文次郎に初めて出会った日から、日を重ねて愛し合い、笑い合った日々は、今でも鮮明に覚えている。そんな想いを込めて、言葉を口にすれば、文次郎は私を見て優しく笑った。


「…大人になったな」
「もうすっかりお婆さんだよ」
「んな事ねえよ、綺麗だ」
「…えへへ。文次郎は相変わらずだね」
「俺はずっと十五歳のままだからな」
「見た目だけだとおじさんだけどね」
「うるせえよ」
「…でもきっと、文次郎は素敵なお爺さんになってたんだろうね」
「はは、どうだろうな。…だけど、…お前と一緒に歳を取りたかったよ」


ずっと、一緒に生きていたかった。
お前の、隣にいたかった。


「…文次郎」

文次郎がポツリポツリと零した後悔の様な言葉に胸を締め付けられながらも、私はそっと文次郎の手を握った。

「私は、こうしてまた貴方に会えて嬉しかった」
「…なまえ」
「これからは、ずっと一緒にいてくれるんでしょう?」
「…ああ。もう何処にも行かねえ」

まるで、文次郎と過ごしたあの歳に戻った様な、そんな感覚に包まれて、私と文次郎は笑い合った。

「約束だよ」



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