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カシャ、とけたたましい音を立てれば眉間に皺が寄った顔を更に顰めさせて恋人は重たそうな瞼を開いた。そんな恋人が私に顔を向ければ、私はレンズ越しに思わず頬を緩める。

「…バカタレ、何してんだ」
「バカタレとは何よ。寝顔をいつまでも保存しておこうと思って」

にへへ。きっと緩んだ顔は可愛くないに違いないが、恋人が私を愛おしそうに見つめてくるから何だか気恥ずかしくなり、再びカメラを構えるとカシャリと彼を写す。

その音を耳にすれば、あの時代には思い出を残す物なんて無かったな、なんて考え始めてしまう。私が今を生きる前の、室町での情景を思い出し、ふと感慨深くなる。



【…なんだよ、人の顔ジーッと見やがって】
【えへへ、文次郎の寝顔を目に焼き付けておこうと思って】

広く壮大な草原で寝転んだ彼を、私は先程の様に頬を綻ばせ顔を覗き込んだ。目の下に酷い隈を作り、年相応では無いと自他共に認める彼でも寝顔はまだ十五歳のあどけなさを残し、小さな寝息を立てる。彼は、今どこで何をしているだろうか。私と同じ様にこの現代に生まれ、元気に過ごしているのだろうか。とは言っても、所詮記憶、脳裏に残っただけの思い出は、徐々に薄れていくもので、あの時愛していた彼の顔は最早曖昧であった。――もしも。

もしもあの時、カメラがあったならば。

(私はきっと、彼を写した写真を、この世に握りしめたまま生まれ変わっただろうなあ…)

あの人の顔を、忘れないように。(…なんてね)

ふふ、なんて過去の記憶に浸り一人ひっそりと笑みを浮かべて現代の恋人である彼を見遣れば、どこか上の空の様な、焦点が定まっていない様子だ。

「?どうしたの、ボーッとして」
「…いや、何でもねえ。俺はもう寝るぞ」
「うん、おやすみ」
「ああ…」

ふいに声を掛ければ、恋人は我に返った様に言葉を返し再び瞼を閉じる。今の恋人も十二分に愛している。だけど、室町で結ばれていた彼がいつまで経っても忘れられず、今でもふと人混みに紛れていないかと探しているのも事実であった。罪悪感はありつつも、どうしても、あの人を、この世で一目見たいと思う私をどうか許してほしい。


――文次郎、貴方は今、どこで生きて何をしているのだろうか。



カシャ。



そんな事を思いながら、瞼を閉じる彼を視界に映せば、何だかずっと昔に見た寝顔の様で、愛おしさが再び込み上げると、再三に渡り彼の寝顔をカメラに納めようとシャッター音を鳴らした。(そうして私は、思い出に浸る)



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