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「なんだって?」

パチパチと算盤を弾きながら視線も向けずに己の言葉を聞き返した文次郎に再び口を開いた。

「だからさ、よく言うじゃない?愛した人に先に逝かれて『あの人が呼んでるから行かなきゃ』って後を追うみたいな話」
「…俺はそんな話知らんが」
「そう?でも本当かどうかは分からないけど死んでもなお愛し合ってるって凄く素敵じゃない?」
「どこがだ。俺には残された奴が気狂った様にしか見えん」
「…もう、夢がないんだから。本当に呼ぶ声が聞こえててるかも知れないじゃない」
「どうだかな」
「不謹慎だけど、もし文次郎が亡くなって、呼ぶ声がしたら私は後を追うと思う」
「巫山戯た事言うなバカタレ。例え俺が死んでも俺はお前を呼ばねえよ」
「…あっそ」

こちらを見遣る事なくただただ算盤を弾きながら冷たく言い放った文次郎になんて非情な男だ、と拗ねる。話だって真剣に聞いてくれて等いないだろう。いつだってそうだ。文次郎は三禁を念頭に置いている為か、恋仲である私にすら優しさなど滅多に見せない。…否、見た事あっただろうか…。そう思う程に表面を崩さない男。

偶に、本当に私は文次郎と恋仲なのかと疑う事もあるのだ。付き合って間もないからか、口吸いは愚か、未だ手も繋いだ事は無い。(…もしかしたら恋仲だって思ってるのは私だけだったりして、…なんて)


「…仮に」
「え…?」


すると、不意に文次郎から切り出した言葉に思わず声が上擦った。俯いた視線を上げ文次郎を見れば、相変わらず文次郎は算盤を見つめていたが、算盤を弾く手は止まっていた。

「仮に、俺がお前を呼ぶ声がしたとしても、後追いなんかするんじゃねえ。…本当に愛してんだったら、道連れにしようとする奴なんざロクでもねえ。俺はそんな事しねえよ」
「…文次郎、?」

こちらからはあまり表情を窺えないが、何だか耳が少し赤い気がした。そんな文次郎の言葉に私の鼓動は大きく脈打った。今の言葉は、どういう事か。…それはつまり、文次郎が私の事を本当に愛しているから、後追いさせる真似なんかしない、と……。

「……」
「…なんか、言えよ」
「だ、だって…」

そう頭で考えればかあああっと一気に顔に熱が上昇して熱くなった。文次郎も文次郎で先程よりも耳を真っ赤にしている。なんて、不意打ちだ。


「…なまえ」


「!」

刹那、名前を呼ばれてびくりと肩を震わせる。いつの間にか、私を真っ直ぐに見つめる文次郎と目が合い、逸らそうにも何故だか逸らせずにいれば、そっと文次郎の手が私へと伸びてきた。ドキドキと脈打つ鼓動は鳴り止まず、寧ろ速くなる一方だ。

「っ…」

文次郎の手が、指が私の髪に触れる。まるで壊れ物を扱うかの様に優しく、静かに梳く様に指が流れると今度はそっと頬に触れた。一体どうしたのだろうか。こんな事初めてで、私は動けずにただただ文次郎から目を離せずにいた。

「…そもそも、俺はお前を残して死んだりしねえよ」
「!…もんじ、ろ…」
「…お前だって、死なせねえ」
「……」

もしや、私が文次郎に抱く不満に気付いていたのだろうか。歯切れ悪く吐かれる言葉は辿々しく、耳だけでなく顔も真っ赤な文次郎に、本当に初めて見る光景だと私は釘付けになっていた。

漸く、実感が湧いた。ああ、私、文次郎の、恋仲なんだ。

そう思うと付き合った当時よりも、ぎゅうう、と強く心臓を掴まれた様に胸が苦しくなって、嬉しいのか痛いのか、分からなくなる。

「…目、閉じろよ」
「え…!あ、」

頬に触れた文次郎の手が後頭部へと回ったかと思えば、そんな言葉を放たれ、徐々に近づく文次郎にゆっくりと目を閉じた。



確信したのは愛



この世で二人で長生きして一緒に居れば、そんな話関係ねえだろ。
そっと離れて、そう言って優しく笑った文次郎に、きっと私の顔は火が出そうな程に真っ赤だったと思う。




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