カシャ、とけたたましい音が耳元で鳴り面倒だと思いつつ重たい瞼を開ければ、目の前には恋人がカメラを持ちレンズ越しに俺を嬉しそうに眺めてやがる。
「…バカタレ、何してんだ」
「バカタレとは何よ。寝顔をいつまでも保存しておこうと思って」
にへへ。お世辞にも綺麗だとは言えないが俺には至極可愛く映るその笑顔に暫し見惚れていれば、再びカメラを構えたそいつはカシャリと俺を写す。
その音を耳に入れれば、あの時代には思い出を残す物など無かったな、なんて考え始めてしまう。俺が今を生きる前の、室町での情景を思い出し、ふと感慨深くなる。
【…なんだよ、人の顔ジーッと見やがって】
【えへへ、文次郎の寝顔を目に焼き付けておこうと思って】
広く壮大な草原で寝転ぶ俺の顔を嬉しそうに覗き込むその女は、今どこで何をしているだろうか。俺と同じ様にこの現代に生まれ、元気に過ごしているのだろうか。とは言っても、所詮記憶、脳裏に残っただけの思い出は、徐々に薄れていくもので、あの時愛していた女の顔を鮮明に覚えていない。――もしも。
もしもあの時、カメラがあったならば。
(俺はきっと、あの女を写した写真を、この世に握りしめたまま生まれ変わっただろうな…)
あいつの顔を、忘れないように。(…なんてな)
「?どうしたの、ボーッとして」
「…いや、何でもねえ。俺はもう寝るぞ」
「うん、おやすみ」
「ああ…」
ふいに、恋人に呼ばれ我に返ると再び眠気に襲われゆっくりと瞼を閉じていく。今の恋人も十二分に愛している。だが、室町で愛した女がいつまで経っても忘れられず、今でもふと人混みに紛れていないかと探しているのも事実であった。罪悪感はありつつも、どうしても、あいつを、この世で一目見たいと思う俺をどうか許してくれ。
――なまえ、お前は今、どこで生きて何をしているんだろうか。
カシャ。
(…ったく。また、撮りやがって)
シャッター音が聞こえ、再び俺の寝顔を収めようとしていた恋人に呆れつつも心が暖かくなるような気持ちを覚えると同時に、俺は深い眠りについた。