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「なまえ、なまえ」


意識がぼやりと薄れゆく中で、聞き慣れた低い声が私の耳を支配する。ぼんやりと瞼を開ければ其処に居るはずのない同じ学園の生徒であり私が所属する会計委員の長である潮江文次郎が私の上体を抱え眉間に皺を寄せて顔を覗き込ませていた。

「…文次、郎」

乾き切った喉から出る掠れる声に文次郎は更に眉を顰めると、私の頭を優しく撫でた。何ともまあ珍しい。いつもなら仕事の出来が良かろうが褒める事なんて一切も無いというのに。

「なまえ、帰ろう」
「…文次郎」

「お前はよく頑張った」

ああ、本当に珍しい。
夢では無いだろうか。

優しく頭を撫でた無骨な手は下へと滑り私の頬へと移る。するりと優しく撫でると文次郎の頬も緩み私に優しく笑い掛けた。そこでふと、今の状況を思い出す。私は校外実習にと合戦中である戦場に出掛けていた筈で、気が付けば意識が朦朧としていたのだ。

「…文次郎、私、一体、」
「もう喋るな、暫く寝ておけ」
「…ふ、珍しいね」

委員会が終わってもなお、委員である生徒が寝る事を許さず己の鍛錬に引き摺るあの鬼の委員長が、寝ろとは。思わず私は笑いを零す。

「バカタレ…、実習で動き回って、疲れただろうと人が、折角気を回してやってると言うのに、…」

文次郎は何故か身体の言う事がきかない私を軽々と抱えるとその場から身を翻し、恐らく学園のある道を歩き始めながら言葉を発する。その声は何処と無く震えていて、文次郎もあれから私を見る事はない。ぼうっとする頭でそんな事を考えていれば、より一層うつらうつらと意識は再び蕩けていく感覚に陥る。文次郎の言う通り、よっぽど疲れたのだろうか。ここは文次郎の言葉に甘えて、眠る事にしよう。

「…文次郎、」

だけど、その前に一つ。

「…、なん、だ」

文次郎に、伝えなきゃいけない気がして。



「…文次郎、迎えに来てくれて、ありがとう」



「!っ……なまえ、」


その言葉をどうしても言いたくて、それを口にすると酷く安心したのか、私は静かに目を閉じて、それから再び目を開ける事は無かった。


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